インタビュー

あだち麗三郎 『6月のパルティータ』



片想い、そしてceroや百々和宏などのサポート・プレイヤーとしても活躍する彼が、シンガー・ソングライターとしての感性を存分に詰め込んだ一大アミューズメント作!



あだち麗三郎_A
写真/鈴木竜一朗



昔、終電がとっくに終わった深夜の線路に、どこからともなく人が集まってきて、そこで市場が開かれる夢を見た。もしかして、そういうところでレコードを買ったりすると、そこに〈あだち麗三郎〉なんていう名前が書かれているのかもしれない。最近では、cero、片想い、百々和宏などのサポート・メンバーとして大忙しのマルチ・プレイヤーでシンガー・ソングライターのあだち麗三郎から、夢見心地の美しいメロディーと不思議な音のカケラが詰まった4年ぶりの新作『6月のパルティータ』が届けられた。

「アルバムに取り掛かったのは2年前なんです。今回はミックスにすごく時間をかけてしまって。これまで弾き語りの曲のミックスはしたことがあったんですけど、50トラックもあるようなバンド・サウンドは初めてでした。自分のイメージしている音響にしたくて、一から勉強しながらやったんです」。

とにかく、音作りにはとことんこだわったらしく、「(制作中の曲を)電車で聴いたりして、〈あ、ここはもっとこういうアレンジにしたいな〉と思ったことは全部やってみた」とか。例えば、本作で印象的なサウンドのひとつがストリングスだ。「トロピカルな曲にストリングスが入ってくる感じが好き」らしいが、先行リリースされた7インチが完売した人気曲“ベルリンブルー”や20名近いゲストが参加した大曲“6月の夜の都会の空”など、ヴァン・ダイク・パークスを思わせる迷宮のようなストリングス・アレンジが、幻想的な音響空間を生み出している。

「“6月の夜の都会の空”はceroの荒内(佑)君に曲を書いてもらったんですけど、僕が結構アレンジを加えました。間奏は完全にオーケストラにしちゃおうとか、最後はいきなりロックな感じにしちゃおうとか」。

そうした大胆な〈場面展開〉が、とりとめのない夢を見ているようなトリップ感を生み出していく。

「ほかの曲でもそうなんですけど、曲のなかであからさまに場面が変わる、というのを今回やりたいと思ったんです。歌詞のイメージに合わせて、同じ曲のなかに別のアルバムの曲がいきなり入ってくるくらい変えたかった」。

そして、そうしたトリッキーな仕掛けは、シンプルな弾き語りに聞こえる“おはようおやすみ”にも隠されている。

「この曲は1番が〈おはよう〉、2番が〈こんにちは〉、3番が〈おやすみ〉で始まって、最後に〈おはよう〉で終わるんですけど、その都度、曲が転調していくんです。そうすることで場面転換しているというか。そういう細かい演出を伝えるには弾き語りがいいと思ったんです」。

そのほか、「開けた感じの歌詞を表現するために広い空間でライヴ録音した」という “タッタッタ”や、「一発ギャグのつもりで(笑)」と、タイトルとまったく関係ない島唄風にアレンジした“富士山”など、どの曲にもさまざまな演出が施されて、まるで遊園地に迷い込んだような楽しさだ。さらに、一人で何種類もの楽器を奏でる彼を支えて多彩な色を添えるのは、ceroや片想いのメンバーをはじめ、VIDEOTAPEMUSIC、三輪二郎など気心知れた仲間たち。

「嬉しいことに友達には恵まれて。5年前、〈僕は歌を歌う〉と決めて掛け持ちしていたバンドを一度全部辞めたんです。それから出会う人たちががらっと変わって、今回参加してくれた人たちと繋がるようになった。どの曲で誰に何を弾いてもらうか、っていうのを考えるのも作曲のひとつでした」。

納得いくまで時間をかけて「これが遺作になってもいい、というくらいの気持ちで作りました」と断言する『6月のパルティータ』は、さまざまな仲間たち=音色で紡ぎ出した壮大なタペストリー。甘くノスタルジックな旋律に乗って、あだち麗三郎の音楽と人生がメリーゴーランドのようにくるくる回っている。



▼あだち麗三郎の2009年作『風のうたが聴こえるかい?』(Magical Doughnuts)

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2013年11月26日 14:00

更新: 2013年11月26日 14:00

ソース: bounce 360号(2013年10月25日発行)

インタヴュー・文/村尾泰郎

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