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第64回 ─ ソニック・ユースを支え続けるサーストン・ムーアの音楽愛

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2006/06/15   17:00
更新
2006/06/15   18:28
テキスト
文/久保 憲司

『NME』『MELODY MARKER』『Rockin' on』『CROSSBEAT』など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、ソニック・ユースの20作目『Rather Ripped』をご紹介。

SONIC YOUTH『Rather Ripped』

  ソニック・ユース20枚目のアルバム『Rather Ripped』がロックンロール回帰と言われていたので、ギターのチューニングがソニック・ユースならではの変則チューニングからレギュラー・チューニングになったのかと思い、アルバムに合わせてギターを弾いてみたら相変わらず変則チューニングだった。1999年の夏に全ての機材を盗まれてバンドが生まれ変わったように(それほど変わらなかったけれど)、もしソニック・ユースが変わるとしたら、ギターのチューニングをレギュラーに戻すんだろうと前から思っていたんだけれど、そんなことはなかった。

 ぼくは前からソニック・ユース独特の変則チューニングは、アホな現代音楽アーティストの戯言みたいなもので別に意味なんかないんじゃないかと思っていた。「どうだこのチューニング、凄いだろう」と言われても、聴こえてくるコードは響きが微妙に違うだけで、普通のコードで解釈できるじゃないのと思っていた。もちろん変則チューニングがソニック・ユースの武器の一つであるというのはよくわかっているんだけど。

  でも、生まれて始めてソニック・ユースの音楽に合わせてギターを弾いたら、気持ちよかった。俺は自由だという感じ(笑)。単純に考えると、手探りで耳に合う音を探すということは束縛されているいう気がするのに、弾いているうちに脳と体を刺激されて、解放されていく感じがある。ジム・オルークもそういう感じにハマったからバンドに参加してたんじゃないだろうか。で、5年くらいで飽きたのかもしれない。音楽って不思議だ。

 というか、ソニック・ユースが不思議なバンドだ。昔のガレージ・サイケ・バンドがソニックという名前をよく使っていたからソニックという名前を選び、それに当時のレゲエ・アーティストたちがよくユースと名乗っているのがかっこ良かったからとソニック・ユースと名乗りはじめた。そんなバンドがアメリカのロック・シーンを変えるように導いてきたのだから。しかも一曲もヒット曲なしで。不思議だ。

 彼らが『E.V.O.L.』をリリースしたとき、アブストラクトでノイジーなバンドが、なに一つ自分達の音楽を変えず、積み重ねていくことによってポップというか、完成された素晴らしい作品を作ることが出来るのかとびっくりした。当時インタビューをしたんだけれど、もう20年も前の話だ、スゲぇ。

  「ニュー・ヨーク・パンクの歴史は『No New York』のムーブメントによってズタズタにされたと思うのですが、あなたたちはそれを復活させようと思っているのではないでしょうか?」という質問をしたら「お前はわかってないよ」という感じでむちゃくちゃサーストンに否定されたのを憶えている。そのインタビューはロンドンだったので、当時イギリスで全然評価されていなかった『No New York』の話でもすれば盛り上がるのかと思ってそういう質問をしただけなんだけど。今から考えるとサーストンはソニック・ユースをハードコアの文脈で考えろということだったのだろう。でもソニック・ユースの変則チューニングってどう考えても『No New York』のD.N.A.のアート・リンゼイの変則チューニングと似ているんだけど。

  そして『Sister』でこれ以上ソニック・ユースは進化しないんだろうと思っていたら『Daydream Nation』というとんでもないアルバムを作った。このアルバムも何が変わったとかじゃなく、積み重ねなのだろう。ソニック・ユースは一生ソニック・ユースでいようとしている。ゲフィンがニルヴァーナと契約した理由は、彼らがソニック・ユースのようにお金もかけずに長い間コンスタントに10万枚くらい売れるようなカルト・バンドになればいいと思ったからだ。あれから10年以上も経っているが、ソニック・ユースはその地位を保っている。そしてこれから何十年経ってもきっとその地位は変わらないだろう。でもそれはカルト・バンドだからじゃない。ダサイ表現だけど、音楽を愛する、音楽になにかを変える力があると信じ、音楽を心から愛しているサーストンの思いがバンドの根底にあるからだ。