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第43回――カシーフの世界

連載
IN THE SHADOW OF SOUL
公開
2010/03/23   19:00
更新
2010/03/23   19:18
ソース
bounce 318号 (2010年2月25日発行)
テキスト
文/林 剛

時代を牽引し、時代に翻弄された才人がいる。80年代ソウル≒ブラック・コンテンポラリーの黄金期を創出したカシーフ、その名作群が昨年末にリイシュー! そんなわけで、今回は80年代のNYが生んだアーバン・スタイリストの偉業を振り返ります!!

 

このたび25周年記念盤が登場したホイットニー・ヒューストンのファースト・アルバム『Whitney Houston』(85年)。本稿で紹介するカシーフは、そこに参加していた人気プロデューサーのひとりだ。彼は同作で2曲を制作し、そのうちララがペンを執った“You Give Good Love”は記念すべきデビュー・シングルでもあった瑞々しいナンバーだが、ホイットニーの後見人であるクライヴ・デイヴィスいわく「まずはアフリカン・アメリカン・コミュニティーに受け入れてもらうため」に選んだのが(R&B色の強めな)同曲だったという。ちなみにカシーフが手掛けたもう1曲は、ファンク的なエッジのある“Thinking About You”。その2曲がアルバム(US盤)の序盤に配置されたということは、彼の作るサウンドが当時いかに時代の先端を行くものだったかを物語っている。もちろん、リアルタイムでカシーフの音に接していた人なら、彼がブラック・コンテンポラリーと呼ばれた80年代のR&Bを推進し、次の段階へと導いたサウンド・クリエイターであったことは百も承知だろう。

カシーフ(・サリーム)というイスラム名で活動を行う前、彼はマイケル・ジョーンズという本名で、弱冠15歳にして、地元であるNYはブルックリンのファンク・バンド、BT・エクスプレスにキーボード奏者として参加していた。結局彼は70年代後半に数年間在籍しただけでバンドを脱退するのだが、80年代に入ると鍵盤奏者もしくはソングライター/プロデューサーとして、右頁で紹介している面々以外にもフォー・トップスやチェンジらをバックアップ。この時にチームを組んでいたのが、BT・エクスプレス作品にも関与していたモリー・ブラウンで、カシーフはポール・ローレンスと共にモリーが主宰するマイティM・プロダクションの一員としてアーバンでスタイリッシュな音を作り、NYのシーンを刷新していく。そして、イヴリン“シャンペーン”キングの“Love Come Down”やハワード・ジョンソン“So Fine”といったボトムの分厚いダンス・チューンがR&Bチャートで上位をマークすると、それらの作者としてカシーフの名は広く知れ渡る。こうして波に乗ってきたところで、アリスタとの契約を交わし、83年にソロ・デビューを果たすわけだ。

そんなカシーフ・サウンドのキモとなっていたのはシンセサイザーの音色だ。彼は鍵盤奏者としての才能を活かし、OB-Xa、DX7、シンクラヴィアといったシンセ/電子楽器類を使いこなして煌びやかな音を放ってみせた。とはいっても同時代に〈エレクトロ〉と呼ばれたそれとは違って、カシーフの作る音は、70年代ソウルのヒューマンな感覚はそのままに、シンセ・ベースなどでクールネスを醸し出しながら重く弾むようなグルーヴでリスナーの身体を心地良く揺らすというもの。音楽としては新しくなくても、R&Bのサウンドとして、当時それは極めて斬新なものだった。サポートする演奏者も個性派揃いで、特にリズムを一瞬遮断するようなギター・ピッキングで曲にキレをもたらしたアイラ・シーゲルは、カシーフ・サウンドの確立にひと役買った人物としてお馴染みだろう。

そんなカシーフ・サウンドは、ケニーGらを招いた2作目『Send Me Your Love』(84年)で完成の域に到達。その後彼は、メルバ・ムーアが旦那と設立したハッシュ・プロダクションに合流し、同プロ関連の仕事を増やしていく。そして、85年の3作目『Condition Of The Heart』ではヴォーカリストとしての才能も開花。続いての『Love Changes』(87年)ではディオンヌ・ワーウィックとデュエットした“Reservation For Two”などでの熱い歌いっぷりが評判を呼んだ。が、歌に力を注いでいくにつれてサウンド・クリエイターとしての先進性はパワーダウンし、テディ・ライリーら新鋭プロデューサーの推進したニュー・ジャック・スウィング(NJS)が台頭しはじめる頃には、テディと入れ替わるようにして第一線から後退。89年作『Kashif』では逆にNJSを採り入れるなど、今度は流行を追う側に回ってしまったのだ。

98年にはUKのレーベルから地味に復活し、ウィル・ダウニングの2002年作で数曲を手掛けた後にも過去のヒットを含む2枚組の新作『Music From My Mind』(2004年)を出したが……時代の風は彼には冷たかった。けれど、80年代中期まではカシーフこそがR&Bの核だったわけで、〈ブラック・コンテンポラリー〉の有終の美を飾った彼の名は、歴代のソウル・レジェンドたちと同じように大きく刻まれるべきなのだ。80年代を再評価するなら、この男の伝説にも目を向けていいはずである。

 

▼カシーフの関与曲が聴ける作品を一部紹介。

左から、チェンジのボックス『Album Collection』(Forte)、フォンジ・ソーントンの83年作『The Leader』(RCA)、ピーボ・ブライソンの2in1盤『Straight From The Heart/Take No Prisoners』(Collectables)

 

▼2000年代以降のカシーフ関連作を一部紹介。

左から、ウィル・ダウニングの2002年作『Sensual Journey』(GRP)、カシーフの2004年作『Music From My Mind』(Brooklyn Boy)