ロックに年の差はあるのだろうか? 都内某所の居酒屋で夜ごと繰り広げられる〈ロック世代間論争〉を実録してみたぞ!
僕は阿智本悟。大学卒業と同時に北国から上京し、東京は北区の某企業に就職。あれよあれよという間に3年の月日が経ってしまった。新しい仕事を覚えたり、上司に叱られたりしていた新入社員時代がいまとなっては懐かしく感じられるくらい、会社での僕は極めて〈何もない〉毎日を過ごしている。後輩たちが次々と僕を追い抜いていく気がしなくもないけど……あまり深く考えないようにしているよ。人間、無理したっていいことないもんね。だって、すごい才能を持ったロック・ミュージシャンほど短命だったりするじゃないか。きっと彼らは早々に人生を全うしちゃったんだろう。だから僕はマイペースに生きようって決めたんだ。上司にシカトされたって、後輩にタメ口を使われたって、別にいいじゃん! 刺激的な最新のロックさえ聴けていればそれで満足だ。僕はお気に入りのサマー・チューン、ドラムスの“Best Friend”を爆音で聴きながら例の店に向かっていた。そう、古いロックをこよなく愛する白髪オールバックの口髭グラサンおやじ、ボンゾさんがマスターを務めるオンボロなロック酒場〈居酒屋れいら〉だ。さ~て、今日も冷やかしてやるかな♪
阿智本「おいっす! 梅割りとコンビーフ、今日はマヨネーズたっぷりでね!」
ボンゾ「〈今日は〉って、オメエはいつもマヨ特盛りじゃねえかよ! ……なんてな。まあいいや、ホラよ!」
阿智本「ん? 何だか今日はご機嫌だね。いったいどうしたの?」
ボンゾ「ふふん、今日はだな、ブルース・ロックの帝王、ジョニー・ウィンター様のとてつもない名演が詰まった『Live At The Fillmore East 10/3/70』が俺の手元にやって来たんだよ」
そう言うと、ボンゾさんは身体をゆさゆさ揺らしながらエア・ギターを始めた。へ~、これがそのジョニー・ウィンター様ですか。ガナリ立てるようなヴォーカルと、暑苦しいギター・ソロが永遠と繰り返されているだけだけど……。
阿智本「まあ、これがクールだとは思わないけど、別にいいんじゃない!? 古臭い〈れいら〉にはピッタリって感じじゃん」
ボンゾ「(ピクッ)……ふふ、まあいい、今日の俺は上機嫌なんだ。くだらんロックばっか聴いているクズ本君にも説明してやろうか!? 時は1970年、この演奏はジョニーが26歳の頃、数々の名演を生み落とした伝説のライヴハウス、フィルモア・イーストでのステージをそのまま収録した未発表音源なんだ。しかもコレクターズ・チョイスが大物アクトの発掘ライヴ音源をリリースしていくために新設したレーベルからの第1弾アルバムに選ばれたんだぞ! それまでは『Live Johnny Winter And』が名ライヴ・アルバムとされていたんだが、今回のブツを聴くとあの名盤ですらかなり編集されたものだったということがわかる。つまりこれは歴史的にも貴重な一枚ってわけだ。それにしても相棒のリック・デリンジャーとの熾烈なギター・バトルにゃ、心底痺れるぜ!」
そして、ふたたび気持ち良さそうにエア・ギターを始めてしまった。顔まで作っちゃって、完全に入り込んでいるな。何だか幸せそう。
阿智本「それで、さっき言ってたブルース・ロックって何? こんな感じでダラダラとギターを弾きまくるロックをそう呼ぶの?」
ボンゾ「(ピクピクッ)……キミはブルース・ロックって言葉すら知らねえで〈ロックが好き!〉とかアホ面こいていやがったのか。これだから最近の坊ちゃんは……(溜め息)」
阿智本「だってそんなジャンル、もう絶滅しているんでしょ? 僕は古いロックなんて興味ないもん。それよりさ、こんな埃っぽい音じゃなくてドラムスでも聴こうよ!」
ボンゾ「ブッチーン! いい加減、堪忍袋の緒が切れたぜ、このクソガキが! じゃあオメエはクラプトンもロックじゃねえっつうのか!? ブルース・ロックは永遠に不滅なんだよッ! そもそも俺が長髪にしている理由がジョニーへの憧憬だと知っていて、そんな口をきいていやがるのか!? 今日という今日は許さん! オメエをコンビーフにしてやるッ!」
阿智本「ハイハイ、すみませんでしたね。こんな退屈な店、ちょうど出ていこうと思っていたところだよ~。じゃ、まったね~!」
ボンゾ「待てッ、コンチクショウ! むぐぅ、ジョニー先生すみません! 次に会った時は必ずヤツをコンビーフにしてクロスロードの悪魔に捧げます。おおッ、いまのチョーキング、神業ですよ、先生、先生!」。