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第19回――炎のブルース・ロック

再発先生奇談

連載
ロック! 年の差なんて
公開
2010/09/01   17:36
更新
2010/09/01   17:37
ソース
bounce 323号(2010年7月25日発行)
テキスト
文/内山田百聞


続々とリイシューされる幻の名盤や秘宝CDの数々──それらが織り成す迷宮世界をご案内しよう!



私は内山田百聞。売れない三文作家であるが、道楽のリイシューCD収集にばかり興じているゆえ周りからは〈再発先生〉などと呼ばれている。静養先の小さな温泉が気に入った私は、滞留を続けながら小説を執筆していた。

スランプに陥ると辺りを徘徊する癖のある私は、その日も携帯プレイヤーを片手に田んぼの畦から畦へと彷徨い歩いた。ポコの『Live At Columbia Studios, Hollywood 9/30/71』(Collectors' Choice/ATOZ)が心を落ち着かせる。カントリー・ロック界でもっともわかりやすく爽やかなサウンドを奏でるバンドの未発表ライヴ音源で、ノリも良くて実に気持ち良い。

ふと気付くと村外れの仙人峠まで来ていた。辺りはすっかり黄昏ている。キッチュでエスノなニューウェイヴ・バンド、バウ・ワウ・ワウの初作『See Jungle! See Jungle! Go Join Your Gang, Yeah. City All Over! Go Ape Crazy』(81年)にボーナス・トラックを大量追加した『Bow Wow Wow』(Cherry Red/Solid)のジャングル・ビートに浮かれながらも、流石に引き返そうと思いはじめた時、峠の先から腰の曲がった老婆がゆっくりやって来た。

「ごめんくださいませ。おりんでございやす」と挨拶されたので会釈をすると、「貴方、音楽が好きなようじゃの。ならば手毬唄はどうかの。一羽の雀の言うことにゃ……」といきなり歌い出した。が、すぐに詰まってしまい、「忘れてしもうた。代わりにホレ」と老婆は風呂敷包みからホルヘ・カルデロンの75年作『City Music』(Warner Bros./Collectors' Choice)を私に手渡した。〈白いカーティス・メイフィールド〉の異名を持つギタリストの、洒脱でファンキーなブルーアイド・ソウルの隠れた名盤である。

「二番目の雀の言うことにゃ……う~ん」。そう呟いて、またCDを差し出す。グルーヴィーな3人組、ブルックリン・ドリームスの77年作『Brooklyn Dreams』(Millennium/Cherry Red)だ。いなたくも都会的なディスコティークが満載で、夜の街角が似合うアダルトな一枚だが、ついにCD化されたのか。

「三番目の雀の言うことにゃ……ん、雀じゃのうて亀じゃったかの?」。もはや根底すらズレはじめている老婆から受け取ったのは、AORの人気ヴォーカリスト、エリック・タッグの貴重なデモ音源を抜粋した編集盤『Time For A Miracle』(Sympathetic/ヴィヴィド)だった。デモとはいえまさにミラクルな艶気を放つ歌唱が素晴らしい、ファン垂涎のお宝盤である。

手拭いともんぺ姿の老婆からなぜかアーバンでメロウなCDを3枚ももらった私は、逢魔ヶ時の峠にただ立ち尽す以外なかった。