ロックに年の差はあるのだろうか? 都内某所の居酒屋で夜ごと繰り広げられる〈ロック世代間論争〉を実録してみたぞ!
僕は阿智本悟。相も変わらず、東京は北区で平凡以下のサラリーマン生活を送っているよ。ロックが大好きで、そのトレンドを追いかけているとき以外、僕の人生は極めて退屈だ。スリリングな暮らしを夢見ていた新入社員時代が懐かしいな……と懐古厨になったところで人生なんてそう簡単には変えられない。というわけで、今日もお気に入りのビバ・ブラザーを聴きながら、ロック酒場〈居酒屋れいら〉に向かっていた。
阿智本「お疲れ〜! 梅割りとコンビーフ、よろしくね!!」
ボンゾ「ヘイヘイ!……おらよ!」
いつも通り白髪オールバックにグラサンという出で立ちのボンゾさんが、面倒臭そうに口髭をいじりながら梅割りを出してくれた。
阿智本「ところでいま流れているこの曲、声に聴き覚えがあるんだけど……確かニック・ロウじゃない!? 僕が初めて〈れいら〉に飛び込んだきっかけが、ニック・ロウをランブル・ストリップスと聴き間違えたからだったのを思い出しちゃったよ!」
軽快なビートと、ほんのり洒脱でポップなメロディーが店内に溢れている。正直、あまり店の雰囲気と合っていない感じもするけど……それは言わないでおこう。
ボンゾ「ブハハハ! 得意満面だが、流石バカ阿智本だな。これはニック・ロウじゃねえ。ニックがデイヴ・エドマンズらと組んでいたパブ・ロックのオールスター・バンド、ロックパイルだぜ!」
阿智本「やっぱりニック・ロウじゃないか!」
ボンゾ「いや、違う! ロックパイルだ! これは初めてオフィシャル・リリースされた彼らのライヴ・アルバム『Live At Montreux 1980』なんだが、飾り気なしのド直球なロックンロールが満載で、ウキウキしっぱなしだぜ! これぞ正しいパブ・ロックってヤツだな!」
阿智本「ところでパブ・ロックって何度か耳にしたことがあるけど、何だったっけ? パブで演奏してるロックってこと!?」
ボンゾ「まあ、そう言うと身も蓋もないんだけどな。もう少し付け加えりゃ、ロックがハード・ロックやプログレのようにどんどんと小難しくなったり技巧的になったりした70年代のイギリスで、原点に戻ってより大衆的でシンプルなロックンロールを鳴らした連中のことだ。パブってのは〈庶民的〉みたいな意味もあるようだぜ。このパブ・ロックが後のパンク・ムーヴメントの着火点となるわけだが……お前に説明したところでわかんねえか! ガハハハ!」
何となくわかるような……、わからないような……。
阿智本「ふ〜ん。最近のバンドで言うと、イメージ的にはジョン・ポール・キースとか、キティ・デイジー&ルイスなんかはパブ・ロックと近いかもしれないよ! あとサウンド的にはウェリントンズとか!? パブ・ロックって、パワー・ポップとかピアノ・エモとかに近い、物凄くポップなパンクって感じでしょ? ……ってボンゾさんに説明したところで理解できないか! ハハハハ!」
ボンゾ「何だと、サル坊主ッ! まるで俺がパブ・ロックを理解してないみたいな口振りじゃねえか! 大人を舐めるのも大概にしやがれ! 俺は自分で〈れいら〉を切り盛りしているんだぞ! ある意味、俺こそ正真正銘のパブ・ロッカーだ!」
阿智本「まったくもって意味不明だよ! ここは小汚い居酒屋でパブじゃないし、ボンゾさんはただの頑固親父だよ! ロックパイルは気に入ったけど、はっきり言ってこの店には似合ってないね! ボンゾさんは大好きなブルース・ロックでも聴いてれば? ほら、あのもっさりしたヤツ」
ボンゾ「今日という今日は許さねえぞ! パブ・ロックのみならずブルース・ロックまでバカにするとは! ここはお前の来るような店じゃねえ。塩撒いてやる、早く出てけ!」
阿智本「言われなくても帰りますよ〜だ! こんな店、二度と来るか!」
そう叫ぶと、引き戸を勢い良く閉めて外に飛び出した。何だかこの展開、久しぶりな気がする。ひょんなことがきっかけで通いはじめてから3年半も経つけど、結局ボンゾさんとはわかり合えないな〜。それなのに、どうして僕は〈れいら〉にずっと通っていたんだろう……。