こんにちは、ゲスト

ショッピングカート

NEWS & COLUMN ニュース/記事

BIOTOPレーベル

公開
2012/10/15   13:20
ソース
intoxicate vol.100(2012年10月10日発行号)
テキスト
文/北中正和

大人の音楽の復権!! 大人の音楽ファンに向けた作品を送り出す新レーベル、ビオトープ

大人の音楽の復権といっても、本誌の読者にとっては、何をいまさら、という話かもしれない。これまでも音楽を愛好してきたし、これからもそうなのだから、と。

ただ、そんな人でさえ、最近は雑多な情報が多いので、求めている音楽にたどりつくまでに意外に手間や時間がかかると感じることが多いのではないだろうか。好きなアーティストの新作ですら、出ていたことに気付かなかった、なんてことも。

熱心な人にとっては、情報の森をさまようことも宝探しに似た楽しみではあるのだが、アクセスしやすい受け皿やわかりやすい発信地の存在がなくていいわけでなく、きっかけはひとつでも多いにこしたことはない。資料によれば、この夏にEMIが発足させたビオトープ・レーベルは、大人の音楽ファンに向けた作品を送り出す新レーベル。「生物空間/命の場所」を意味するレーベル名は、生きものとしての音楽や地球環境を意識してつけられている。

作品としては8月に深町純の『黎明』『ハート・オブ・ザ・カントリー』『ラスト・ノクターン』、9月に由紀さおりをフィーチャーしたキャッツ・イン・ザ・ダークの『夜明けのキャッツ』がすでに発売され、10月14日には長谷川きよしの『人生という名の旅』も店頭に並ぶ。いずれも聞き手を大人に限定する必要はないが、大人の鑑賞にたえる音楽を作り、うたい、演奏してきた人たちの作品であることにまちがいはない。

東京芸術大学在学中から、作曲家、キーボード奏者、アレンジャーとして活動していた深町純は、1971年から自己名義のアルバムを発表しはじめ、フュージョンの時代を代表するキーボード奏者となった。それ以後も大学で教鞭をとったり、即興を重視する活動を続けたりしていたが、2年前に急逝した。

発売された3作品のうち『黎明』は最後のスタジオ・アルバムで、即興曲が収められている。即興というと、現代音楽やジャズの難解なアドリブを思い浮かべる人が多いかもしれないが、彼の即興はメロディもリズムもわかりやすい。抒情的な演奏から情熱的な演奏まで、曲想は多彩で、《ハッピー・バースデー・トゥ・ユー》を引用した曲もある。『ハート・オブ・ザ・カントリー』はアメリカのカントリー・ミュージックを演奏しているわけでなく、日本の童謡や唱歌をとりあげた2003年のアルバムに《さくら》《花》《朧月夜》の3曲を加えたもの。おなじみの曲を華麗な指さばきで聞かせる。そして『ラスト・ノクターン』は亡くなる1か月前に行なったクラシックのサロン・コンサートのライヴ。敬愛するショパンのノクターンやエチュード、シューベルトの曲を演奏している。深町純が乗り移ったショパンやシューベルトというか、過剰な美しさのある演奏だ。解説にはコンサートでの本人の解説も書き起こされている。

キャッツ・イン・ザ・ダークの『夜明けのキャッツ』は由紀さおりのライヴのバック・バンドのデビュー作。ピアニストの佐山雅弘を中心に、宮崎明生(サックス他)、藤原清登(ウッドベース)、牧山純子(ヴァイオリン)、はたけやま裕(パカッション)といった腕ききが集まって、由紀さおりの曲や邦洋のスタンダードをとりあげた、瀟洒なジャズ的演奏集。《マイ・ファニー・パレンタイン》《伊勢佐木町ブルース》《星の海》では由紀さおりの歌もフィーチャーされる。

シンガー・ソングライターの草分け的存在の長谷川きよしの『人生という名の旅』はタイトル曲のフランスのアンリ・サルヴァドールの曲などのスタジオ録音と彼の主要曲のライヴ音源からなるアルバム。40年以上まっすぐな歌をうたい続けてきた衰えを知らない歌声にまず驚かされ、《夜はやさし》のようなみずみずしい新曲がうたえることに心を動かされる。新たに日本語詞がつけられた洋楽曲も秀逸だ。