時代の風を的確に読み、ポップスの新しいフォーマットを生み出してきたユニットによる3年ぶりのオリジナル作。その新たな街の風景に見い出せるものは……
〈相対性理論〉というフォーマット
相対性理論が活動を開始しておよそ7年。彼らが日本の音楽シーンに与えた衝撃は大きかった。とはいえ、彼らはビートルズのような天才集団ではないし、セックス・ピストルズのような革命家たちでもない。強いて言うなら、〈相対性理論〉というポップスの新しいフォーマットを生み出した存在。それがあまりにも時代とフィットしすぎていたために当初は戦略的と思われることもあったけれど、いま振り返れば初作『シフォン主義』を出した頃の彼らはまだ粗削りで、重要だったのは正しいタイミング(ボーカロイドや声優アーティスト、アイドルなどの活躍で日本の音楽シーンが大きく変わる直前)で、正しい場所(後に彼らを支えることになるサブカルチャー・シーンの近く)にいたこと──そんな気もする。だからといって彼らが単に幸運に恵まれたユニットというわけではなく、そこには聴く者を捕らえて離さない不思議な魅力がすでに備わっていた。
シーンに登場した際のメンバーは、やくしまるえつこ(ヴォーカル)、永井聖一(ギター)、真部脩一(ベース)、西浦謙助(ドラムス)の4人。彼らの曲は、よく練られたソングライティング、時代を切り取った歌詞、そして魅力的な歌声と、優れたポップソングに欠かせないものをすべて押さえていた。それでいて、作り手のパーソナリティーが見えてこない謎めいた存在感が聴き手によってはあざとさを感じさせたりもしたが、相対性理論はリスナーや自分たち自身に対してもフラットに佇むことで、時代の空気や聴く者の内面を映し出す鏡のような存在であり続けた。『シフォン主義』という試案を元に『ハイファイ新書』で独自のポップ理論を打ち立てた彼らは、『シンクロニシティーン』でバンドとしての成長ぶりを見せる。そして、やくしまるの活発なソロ活動やさまざまな外部仕事などのあれこれを挿んで、オリジナル・アルバムとしては3年ぶりに発表された新作が『TOWN AGE』だ。
奥に潜むブラックホール
やはり、気になるのはリズム・セクションが変わったことだろう。しかし、やくしまるによると「相対性理論はソフトウェア」。本来、メンバーは流動的なのだ。メンバー固定のバンドとして完成していくより、変化に挑むほうが相対性理論らしい。今作の制作において新たに加わったメンバーは、吉田匡(ベース)、山口元輝(ドラムス)、Itoken(キーボード/ドラムス)、米津裕二郎(ヴァイオリン/エンジニア)の4人。オープニング曲“上海an”はドラムのダイナミックな疾走感と多彩なパーカッションが印象的なナンバーだが、アルバム全体としても、これまでは抑制が効いていたリズムがロック的な微熱を帯びてきている。そのほか、ラップ・パートを挿んでドラマティックに展開する“キッズ・ノーリターン”をはじめ、曲のアレンジはより細やかで表情豊かになった。キーボードがアクセントになっている“たまたまニュータウン”のエレクトロニックな彩りも新鮮だ。さらに、これまでは隠し味だった音響処理がより大胆になり、サウンドに立体感が生まれているのは、エンジニアとして関わったzAkの存在も大きい。そうした新たな面々とのパートナーシップの良さは、これまで数々のコラボレーションを経験した彼らが、その成果をフィードバックさせた結果だろう。
とはいえ中毒性の高いポップセンスは不変で、今回は “ほうき星”みたいにちょっぴりセンチなメロディーの美しさも心に残る。そして、やくしまるの歌声はさりげなく凄みを増していて、全方位型のキュートさを発揮しながらも、いくぶんエモーショナル。ブラックホールを胸の奥に潜ませたようなクールさで、背筋を伸ばして曲の切っ先に立っている。これまで以上に濃密で、どこか逞しささえ感じさせる『TOWN AGE』は、彼らの振り幅の広い音楽性がたっぷり堪能できるアルバムだ。というわけで夏休み、ヴァージョンアップした最新型の相対性理論を脳内にダウンロードしたら、街へ冒険に出掛けよう。
▼相対性理論関連の作品。
左から、相対性理論+渋谷慶一郎の2010年作『アワーミュージック』(commmons)、相対性理論と大谷能生の2010年のシングル“乱暴と待機”(メディアファクトリー)