ザ・ルーツの助力を得て、ダイナミックに変貌を遂げるコステロ・ワールド
エルヴィス・コステロが最強ヒップホップ・バンド、ザ・ルーツとコラボレーション・アルバムを制作と聞いて、幅広い音楽への関心で知られ、クラシックからカントリーまでのアルバムを発表してきたエルヴィスとはいえ、ヒップホップ!?と驚いた人も少なくないかも。だが、彼は80年の『ゲット・ハッピー』のようなR&B/ソウル志向のアルバムを作ったことがあるし、ルーツの音楽には70年代のソウルやファンクの要素が大きいので、共通の場を見つけるのは難しくなかったはずだ。
例えば、エルヴィスが当時のサッチャー政権への批判をこめた83年の《ピルズ・アンド・ソープ》はラップ調ではないけれども、その機械的な手拍子のサウンドはグランドマスター・フラッシュ&ザ・フューリアス・ファイヴの社会派ラップの名曲《ザ・メッセージ》にヒントを得た曲だった。そして、遂に届いた新作『ワイズ・アップ・ゴースト』を聴いてみれば、《スティック・アウト・ユア・タング》はその《ピルズ・アンド・ソープ》の歌詞を用いて再創作した曲ではないか。
『ワイズ・アップ・ゴースト』はヒップホップ・アルバムではない。1曲を除き全曲を共作し、共同プロデューサーを務めたクエストラヴのドラムズが前面に出ていて、ファンキーなグルーヴを叩きだすが、エルヴィスがラップするわけでもないし、ルーツのMCのブラック・ソウトは参加していない。だが、作曲の過程にヒップホップの手法が取り入れられている。《スティック・アウト・ユア・タング》だけでなく、エルヴィスの過去の作品からの引用やサンプリングを用いた曲が幾つもあるのだ。
その自分の過去と現在のミックスの過程で、エルヴィスはサッチャー/レーガン時代から現在までに共通する社会問題を再認識したようだ。本作でのエルヴィスの歌の世界はいつも以上に社会批評性が強い。そしてエッジの効いた音を巧みに重ね合わせたル―ツのサウンドが、紛争から監視社会までの世界の暗い現状を描く作品に危機感や切迫感をさらに加えている。