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インタビュー

THE QEMISTS 『Spirit In The System』

 

奴らが早くも帰ってきた。衝撃を受け止める準備はいいか!? フィジカルな機能美と強靱なスピリットから生まれる果てしないQの嵐にまたしても打ちのめされるぜ!!

 

Qemists_A

 

やりたいアイデアは明確にあった

2009年の年明け早々、日本に届けられたケミスツのファースト・アルバム『Join The Q』は、あまりにも衝撃的な内容によってロック・リスナーをも巻き込み、センセーショナルに迎えられた。もっとも、それ以前から彼らによるコールドカットやルーツ・マヌーヴァのリミックス・ワーク、またはシングル“Drop Audio”“Stompbox”などが評判になっていたし、その時点でニンジャ・チューンにフィジカルなドラムンベース・バンドが在籍しているという予備知識は、日本のリスナーにもある程度インプットされているはずだった。とはいえ、ファースト・アルバムにもかかわらず、一流のヘヴィー・ロック・バンドばりにド迫力の演奏とドラムンベース特有のハイエンドなプロダクションが完璧ともいえる形で融合し、おまけにあの奇才マイク・パットンまで担ぎ出すなど、ドギモを抜く内容で目の前に現れたのだから、リスナーたちのショックも当然の反応だったのかもしれない。

「いやいや、〈これからがスタートだ〉ってのが正直な感想だよ。『Join The Q』では冒険の始まりをようやく告げることができたって感じで、何かを達成したなんて微塵も思わないね。食事のコースで言えば、まだ前菜が出てきたくらいさ(笑)。出来上がりには満足したけど、やりたいことはまだたくさんあるからね」(リアム・ブラック、ギター:以下同)。

〈ドラムンベースとロックの融合〉という点では、ペンデュラムと共に道を切り拓いたという自負は持っているそうだが、一方でパイオニアという意識は希薄だし、過去を振り返ることにも興味がないという。それがあの『Join The Q』を〈前菜〉に位置付ける理由でもあるのだろう。それにしてもあれだけの作品を生み、成功を収めてからさほど時間が経過していないなかで、早くもセカンド・アルバムを完成させたのはまたしても驚きに値する。しかも前作をベースにスケールアップするという困難を軽々クリアした今回の『Spirit In The System』からは彼らの並々ならぬモチヴェーションの高さが感じ取れるのだ。そこには冷静な視点で音楽マーケットを見抜く姿と、もうひとつ別の理由があった。

「前作から1年で新作を出すことになった要因は2つある。1つは自分たちのいるこの業界を現実的に見つめていること。いまの音楽業界はセールスの大きな部分をダウンロードによる販売が占めるようになってきてるだろ? そのおかげで人々の関心のスパンが非常に短くなってると思うんだ。ダウンロード・サイトでは1曲ごとに購入することができるから、アルバムに対してもシングルのリリースと変わらない早さのスパンを求められる。そんな人々の動向は理解できるから意識はしているよ。とはいえ、それだけではアルバム作りには繋がらない。やはり2つめの理由……前作のリリース後にさまざまな刺激を受け、学んだこともたくさんあって、やりたいアイデアが明確にあったという理由がいちばん大きいね。だから作業はキツいし、スケジュールもタイトではあったけど、今作はケミスツをより前進させることができたし、自分たちの新たな作品を世に送り出せる喜びは口では表現しきれないくらいさ」。

 

バランスを重視している

彼らの大胆な発想であったり、ダイナミックなレンジのサウンドスケープに隠れたストイックな姿勢は、リアムの発言から汲み取れると思うが、その生真面目ともいえる考え方は『Spirit In The System』というタイトルにも反映されている。

「俺とリオン(・ハリス)は日本拳法や忍術に非常に影響を受けていて道場に通って学んでいるくらいだよ。自分にとっては非常に大きなインスピレーションなんだけれど、その日本の武道の精神で使われる魂(Spirit)の考え方が素晴らしいと思えたんだ。このアルバムの持つエネルギーやフィーリングを正しく表してくれる、深みのある言葉だと思ってね。そしてSystemの部分は、俺たちの肉体のメカニズムや神経の構造、人間の肉体と精神を共に司るシステムと、俺たちが音楽を作るうえで使うコンピューターやデジタル機材の持つシステムの両方を表現しているんだ」。

テクニックに加えて、彼らの音楽に関する思想までが注ぎ込まれた新作では、ロック・バンドの躍動感や多彩なヴォーカリストによるエモーションなど、音楽の持つ古典的な魅力が強化される一方、テクノロジーを最大限に活かした未来的なプロダクションも磨かれ、両者が拮抗しながらも絶妙な均衡を保っている。これもまたバンドが成長した点として特筆すべき事柄だろう。

「バランスは非常に気にしているよ。常に50:50の割合である必要はないけど、どちらか100%に偏らないよう意識はしているね。特に今作はいままで以上に自分たちのやりたい音楽に自信を持てるようになったおかげで、50:50のバランスでなくても大丈夫だと思えるようになったよ。例えば“Dirty Words”が良い例だね。70:30ぐらいの割合でロック色のほうが強い曲だけど、ダンス・ミュージックの影響も聴き取ることができるし、意図的にロック色を強めたほうが曲の持ち味を引き出せると確信したんだ」。

彼が挙げたその“Dirty Words”は、ミッドテンポでジワジワと感情を昂ぶらせていくエモーショナルなヴォーカルと重厚なサウンドをミックスした、まるでリンキン・パークを彷彿とさせる曲で、アルバム中のハイライトにもなっている。この曲以外でも、ストリングスでドラマティックな演出がなされたロッキン・ドラムンベース“Your Revolution”、エンター・シカリとのコラボで熱いヴォーカルとレイヴィーなノリを獲得した“Take it Back”は、彼らが試したバランスの妙を楽しめる最たる例といって良さそうだ。こういった曲を聴いていると、改めてドラムンベース・アーティストとしてのケミスツは特殊な存在であると気付かされる。それはドラムンベースでよくあるプロデューサー同士のコラボがほとんど見られない点だ。

「それは俺たちが他のアーティストたちと立ち位置が若干違うからだと思うな。でも、コラボのアイデアは温めていて、まだ名前は公表できないけど2、3人のプロデューサーと可能性を模索しているよ。年内にはおもしろいプロジェクトが発表できるんじゃないかな」。

彼らは次の進化へ早くもステップを踏み出している。その成果に出会えるまで、凄まじい音圧と優れたアイデアに溢れた『Spirit In The System』を、隅々まで味わい尽くしてみることをオススメしよう。

 

▼『Spirit In The System』に参加したアーティストの作品を一部紹介。

左から、エンター・シカリの2009年作『Common Dreads』(Ambush Reality)、ジェナGの2006年作『For Lost Friends』(Bingo Beats)、オートマティックの2006年作『Not Accepted Anywhere』(B-Unique)

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2010年07月14日 17:02

更新: 2010年07月14日 17:02

ソース: bounce 322号 (2010年6月25日発行)

インタヴュー・文/青木正之