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インタビュー

末光 篤 『Dear Grand Piano』



SUEMITSU & SUEMITHから末光篤へ──様変わりしたのはそれだけにあらず。前のめりなテンションと煌びやかなメロディーが舞う、3年半ぶりの新作が完成!

 

 

勢いを重視したレコーディング

ピアノというのは、クラシカルなアコースティック楽器のなかでも、日常でもっとも耳にする機会の多い、いちばん身近な楽器と言って良いだろう。みずからの思い描く音楽を、まずピアノでアウトプットし、メロディアスなロック、ポップスとして聴かせる末光篤。これまで、SUEMITSU & THE SUEMITHとして活動してきた彼が、名義を本名に変え、約3年ぶりの新作となるミニ・アルバム『Dear Grand Piano』をリリースすることとなった。

「この3年の間は、安藤裕子さん、木村カエラさん、坂本真綾さんなどに楽曲を提供したり、プロデュースしたり……」。

繊細なメロディーが印象的な木村カエラの大ヒット曲“Butterfly”は、彼の手掛けた楽曲だ。そうしたソングライター仕事をしながらも、彼は「自分のライヴを年に3回くらいはやってたんです」と、自身のアーティスト活動も続けてきた。まさしく『Dear Grand Piano』は、ファンのみならず、本人にとっても待ちわびた新作といえるだろう。

「曲の依頼は、女性が多かったんです。女性が歌うことを前提に書いていると、男でも歌えるロック的なものを出すところがなかったんですよね。それを出したかったし、あと、ライヴで自分の新曲も欲しいって思いもあったんです。他人に書いたセルフ・カヴァーも歌ってたんですけど、ちょっと物足りなさもあって。なので今回は、いままでやってきた僕の流れを汲みつつ、セッションする人を変えたり、新しい変化を見せられたら、って作っていきましたね」。

末光篤として気持ちも新たに制作した『Dear Grand Piano』からは、彼の3年間でのスキルアップ、これまで以上に研ぎすまされた楽曲の煌めきを感じ取ることができる。

「曲作りでも、いままでと変わったとこはありますね。以前はかなり時間をかけて、音も足して足して、音圧の厚い〈音の壁〉って感じだったけど、今回は、勢いを重視してレコーディングしたし、音もわりと隙間があるものにしたんです。それは、もうちょっとピアノを聴かせたいって思いもあったし、ライヴでやるときのことも考えました。以前は、曲を作るときにライヴのことなんて考えてなかったんです。あと、ヴォーカルもエフェクトをガッツリかけてたけど、そうなるとライヴで再現できない違和感もあったりしたので、このあたりで変えてみようと、ストレートな歌にしたんです」。

サウンドの隙間、以前よりもナチュラルなヴォーカル──それらは、メロディーの良さをより際立たせることへと繋がった。サポート・メンバーには、柏倉隆(ドラムス)、ミト(ベース)、細美武士(ギター)といった「僕が好きな人たちばかり」という強者ミュージシャンが参加。さらに今回は、5曲をベルギーでレコーディングし、音の広がりを与える要因にもなっている。

「去年、ボーン・クレインってベルギーのピアノマンからコラボの依頼があって、ベルギーの彼のスタジオに呼ばれたんです。結構山の中にあって行くのが大変だったけど(笑)、もともと教会だった場所をスタジオに改築したもので、すごくイイ音だったんです。自分の作品を作るときにも使いたいなと思って連絡したら、OKが出たんですよ。去年セッションしたときのミュージシャンも集めてもらって、ボーン・クレインもエンジニアで参加してくれたんです」。

 

ピアノを弾かない時間もあった

では、『Dear Grand Piano』に収録された楽曲について触れていこう。“百花繚乱 the World”は、ストリングスの響きと突き抜けるロック感が絶妙にマッチしたナンバー。いしわたり淳治が手掛けた歌詞は、改めて夢に向かって進んでいこうとする思いが込められた、まさに現在の末光にピタリと当てはまる内容になっている。

「スピード感もすごくあるし、そういう点ではいままでの作品に入っててもおかしくない曲になりました。淳治くんが書いてくれた歌詞は、ホントいまの自分っぽいなって。あと、タイトルをはじめ、〈千思万考〉とか、言葉の使い方が淳治くんらしくて好きですね」。

そして、「中学生の頃の初恋と、再会をテーマにした」というブリティッシュ・ポップにも通じるサウンドの“Garcon Mela ncolique”、悲しい出来事を胸にしまいながら生きていく人生を「前よりも伝わりやすい、わかりやすい歌詞で書いた」という切ないメロディーのポップ・チューン“悲しみよこんにちは”など、ピアノとバンド・サウンドが見事に絡み合うメロディアスな楽曲を次々と聴かせていく。少年たちの清らかな歌声と共にモータウン・テイストでカヴァーしたバッハの“A Lover's Concerto”、前進していく情熱を勢いあるブラス・ロックで歌う“陽炎”。そしてラストの“Hello Hello”では、運命の人と出会えた歓びと刹那感をポップに歌っていく。

「この曲は、アニメ〈夜桜四重奏〉のエンディング・テーマということで、原作のヤスダ(スズヒト)先生から話をもらったんです。これも淳治くんに書いてもらったんですけど、ハッピーなようで実はどうなんだろうという歌詞になっていて、結果的に他の曲とマッチする感じになりましたね。細美くんは普段やらないような曲調だけど、細美くんらしいギター・ソロを弾いてくれました」。

『Dear Grand Piano』は、彼の音楽に対する強い愛情が伝わってくるほど、優れた楽曲が並んだアルバムだ。

「ホント、新作を出すまですごく時間がかかったって気持ちがあります。正直、この3年はいろいろあったし、そんなに楽しかったわけじゃないんですよね。そんな間に新しい出会いもあって、それが今回の作品作りに結び付いたのは嬉しいことですね」。

今作のタイトルからも窺えるように、末光篤にとってピアノはかけがえのない大きな存在だ。

「ピアノは僕にとっていちばん大事なものですからね。ずっとアーティスト活動を続けてたときは〈一心同体〉ってとこがあったけど、この3年で弾かない時間もあったんです。あたりまえみたいにあったものが、なくなったりする寂しさはすごくありましたね。自分が弾こうとしないと、こんなに簡単になくなるものなんだなって。ピアノは生き物じゃないし、いつもそこにあるけど、手放そうと思ったらいつでもいなくなる。自分が食い止めて、弾こうとしないとなくなっちゃう。そういう思いもタイトルには込められてます」。

生きていくうえで、物事も人間関係もそうだが、しっかり掴んでいないと〈気がついたときには離れてしまっていた〉ということはとても多い。末光篤とピアノの関係も、そうした瞬間があったのだ。しかし彼は、いまふたたび〈相棒〉とがっちりタッグを組み、みずからのキャリアの新たなスタートを切った。末光篤の音楽の旅はまだまだ続いていく。そんな意気込みが『Dear Grand Piano』に込められているように思えて仕方がない。

「この3年の間に、カエラさんや坂本真綾さんとかいろんな人に曲を書いてきて、そこで僕の名前をチラッと見てくれた人がこれに辿り着いて、いい曲だなと思ってもらえたらすごく嬉しいです。デビューの頃から応援してくれてる人には、これまでの延長線上にある僕の音楽を楽しんでもらえたらと思いますね」。

 

▼SUEMITSU & THE SUEMITHのアルバムを紹介。

左から、2006年作『Man Here Plays Mean Piano』、2007年作『The Piano It's Me』、2008年作『Shock On The Piano』(すべてキューン)

 

▼『Dear Grand Piano』にエンジニアとして参加したボーン・クレインの2010年作『Anatomy』(avex trax)

掲載: 2011年11月02日 18:00

更新: 2011年11月02日 18:00

ソース: bounce 337号 (2011年10月25日発行号)

インタヴュー・文/土屋恵介