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インタビュー

ケント・ナガノ



時を超えて、リアルに磨かれる音楽の力

音楽の奔流を豊かにまとめあげるその細やかで知性的なドライヴが、堂々と広い視野に生命力を満たす。気品とエネルギーの調和も熱く美しい音楽をつくるケント・ナガノは、2006年からバイエルン国立歌劇場の音楽総監督、ならびにモントリオール交響楽団の音楽監督を兼ね、絶賛をもって迎えられている。この9〜10月にバイエルン国立歌劇場を率いて来日した彼にお会いすると、語り口からもたたずまいからも、ふところの深い優しさと強い信念とが溢れるようだ。

これまでも数多くの高水準な録音を残してきたナガノ、バイエルン国立歌劇場のオーケストラであるバイエルン国立管弦楽団とはブルックナーの交響曲ツィクルスが進行中。

「ワーグナーやR・シュトラウスを音楽監督に迎えてきたこの楽団にとって、ブルックナーは優れた伝統の一部ですが数多く録音はしていません。今こそ時だ、と」

最初に発売された交響曲第4番《ロマンティック》は、最終稿ではなく第1稿での録音だった。

「私は巨匠ヴァントと晩年の12年間を近しく過ごさせていただき、ブルックナーの音楽をより深く直感的に知ることが出来たのですが、彼ともよく議論をしたのです。なぜブルックナーは初稿を捨てなかったのか、とね。真相はいざ知らず、第一稿の非常に精力的でラディカルな音楽には驚かされます。第2楽章は最終稿と全く違う曲ですし、強烈に革新的な音楽で、演奏困難(笑)。耳にする機会の少ないこの稿をぜひ録音したかった」

続いて交響曲第7番がリリースされたばかり。劇場オーケストラの機動力を精緻に磨き、澄みわたる巨大なサウンドに光満たすような演奏には、名門楽団とナガノの充実しきった現在を感じられる。

「続いて第8番を第1稿で、そして第9番」と、既にベルリン・ドイツ響と録音した第3番・第6番[harmonia mundi]と併せてナガノ指揮によるブルックナーも主要作品が揃いつつある。

一方、カナダ・ケベック州の名門モントリオール交響楽団とは、ベートーヴェン交響曲全集録音が進行中だ。

「いまケベックからベートーヴェンを発信するということに意義があるのです。ケベックには[入植が始まってから]400年を超える長い歴史があり、モーツァルトやベートーヴェンの時代より遥か以前からヨーロッパ音楽が流入していました。ケベックのフランス語には、リュリやバッハの時代に使われていた言葉が残っていたりするんですよ! 北米で最も古くからヨーロッパとの関係を密に保ち続けたおかげで、ここには非常に豊かで繊細な文化の混淆があるのです」

その〈文化的混淆〉が、彼らのベートーヴェン・プロジェクトにも強く反映している。たとえば交響曲第5番には、ゲーテの悲劇につけた劇音楽《エグモント》を併録しているが、テクストはグリフィスが書き下ろした《ザ・ジェネラル》。1994年に起きたルワンダ大虐殺に直面した国連平和維持軍の司令官が主人公だ。

「このダレール司令官はカナダ軍から着任した人でした。交響曲第5番は〈変化〉と〈革新〉の音楽であり《エグモント》は〈衝突〉の音楽です。ゲーテとベートーヴェンが描いた宗教・階級・道徳的な対立は、二つの文化の衝突に起因したルワンダ大虐殺をはじめ現代とも重なるのです」

文化的混淆を生きるケベックから、対話の可能性を鋭く問う。このシリーズ第1弾に続く第3番《英雄》は、同じく神話と英雄、進歩を表現する《プロメテウスの創造物》と併録されていた。

「第6番《田園》は〈時間〉がテーマ。この曲には産業革命がウィーンの森の環境を破壊する以前の〈自然の時間〉が流れていますよね。併録した第8番に流れているのは〈人間の時間〉。第2楽章で刻まれるメトロノームのようなテンポは、人間社会の規則正しい〈時間〉の表現です。そしてこの2曲に併録した〈大フーガ〉では、テーマが長短さまざまに姿を変えてゆく過程を通して、作曲家が〈時間〉を操作しているのを感じられるはずです」

聴き馴れたはずの古典が、演奏の見事な精度と力はもちろん、現代的なメッセージ性を持って迫ってくるプロジェクトなのだ。先日、モントリオールに新しいコンサートホールが開館したのにあわせて交響曲第九番《合唱つき》が演奏され、11月にCD化された[Analekta]。2012年には[sony classical]から国内盤発売予定。

「ベートーヴェンが偉大な交響曲を書いたとき、それは〈ポピュラー・ミュージック〉だったんです。古典になる前はね」とナガノは微笑む。

「少数のエリートのためではなく〈すべての人々〉のために書かれた彼の音楽は、衝突が複雑化している現代で、いっそう重要性を増しているのです!」

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2012年01月10日 19:19

ソース: intoxicate vol.95(2011年12月10日発行)

取材・文 山野雄大