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インタビュー

セルゲイ・ハチャトリャン

至高のバッハを自らの言葉で語る、終わりなき闘いと喜び

「バッハは、いつも僕の心の中にあり続けてきた特別な存在だった」とセルゲイ・ハチャトリャンは、呟くように語り出した。「音楽を始めてから今まで、いろいろな作曲家の音楽と出逢って僕の考えも変化を続けてきたけれど、バッハは、死ぬまでずっと共にある唯一の存在だと思う」

1985年アルメニア生まれ(同姓の有名な作曲家とは特に関係ないので念のため)。20歳代の後半を走りぬける彼の前途は長かろう。しかし、彼の語りには既に揺るがない意志がみえる。「だからバッハはずっと録音を望み続けてきたんだ」

瑞々しい昇り坂をゆく新鋭として既に仏ナイーヴ・レーベルから数々のアルバムを発表、ショスタコーヴィチの協奏曲やソナタなど冴えて熱い演奏が注目されてきた彼の最近作は、ヴァイオリニストの聖書というべきバッハ『無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ』。2008年から翌年にかけて、数日のセッションを2回おこなって全曲録音とは、難曲にも関わらずスムーズにいったようだが「演奏会で弾いた印象が新鮮なうちに録音したからね。これまでずっと弾き続けてきた集大成としての録音、だと思う」と言うように、大曲に臆することなく雄弁に語り続ける演奏だ。とはいえ「だいたいの曲は何度も弾いてますけど、パルティータ第1番は録音までまったく弾いたことがなかった」というから、そんな出逢いの鮮烈も演奏に熱としてみなぎっているだろうか。「この第1番も、驚異的なまでに劇的で特別な力がみなぎっている、特に素晴らしい曲だと思う…」

彼の語りも昂揚してくる。「バッハ演奏で最も重要なのは、その時間の構築。そこがはっきりと捉えられていれば、その中で自分の音楽を自由に展開することが出来るんじゃないかな。僕の録音はバッハにしてはロマンティックに過ぎると言う人もいるけど(笑)。僕自身は宗教的な人間ではないとはいえ、バッハは崇高な、全てを越えた普遍的な存在であり、スピリチュアルな存在だな」

至高のバッハを若くして録り終えても、それは達成でも終わりでもない。「音楽って決して終わりのないプロセスでしょう? 何日か経てば変わってしまうものだし、それは僕にとって闘いのようなもの」と語るハチャトリャン。次の録音は「宇宙的な広がりを持つ素晴らしいベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を、そしてブラームスのソナタ集を姉(ピアニストのルシーネ)と一緒に」とのこと。演奏同様、語りにも熱い芯のある男だ。

写真:© MARCO BORGREEVE/NAIVE

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2012年03月07日 20:47

ソース: intoxicate vol.96(2012年2月20日発行号)

取材・文 山野雄大