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インタビュー

中島ノブユキ

意外にも初のピアノ・ソロアルバム

これ、「わたし」のためにつくられたアルバムなんじゃないか? 中島ノブユキの新しいアルバムを聴きながら、こんなことをおもっていた。なぜなのだろう?

「わたし」自身にとって大切な曲がおさめられているのはたしかだ。だが、そうした曲が、ごくごく自然に、中島ノブユキのオリジナル曲とつながっている。音楽は、つくったひとがいて、演奏するひとがいて、聴くひとがいる。それぞれはときにすべてが重なり、ときにすこしずつずれ、ときにまったくべつべつになる。このアルバムで、「わたし」はこのさまざまなありようを、瞬間瞬間ごとに、感じ、それが一種の幸福な時間の体験となっていた。

「小さな、ひとりでするツアーのようなことを、去年ちょこちょことやってきたんですね。完全に一つのコンサートを即興で弾く場合もあったけれど、そのときどきで、いろいろな(既成)曲も弾いてきた。そうしたなかで自然に生まれてきた新しい曲もあります。そのうちに、これは記録しておきたいな、とおもうようになりました」

中島ノブユキのこれまでのアルバムは、けっして大きくはない編成だし、曲ごとにいろいろな組み合わせになっているが、基本、他の何人かのミュージシャンを招いてつくられている。今回はそうではなく、ソロ、ピアノのソロだ。

「さみしいもんですね(笑)。録音の現場では、わいわいするなかでやっているでしょう? ひとの意見がでるなかで、(曲が、音楽が)あったまってくるわけです。でも、ぜんぶ自分でやらなくちゃいけない。ぼくはピアノがうまいわけじゃないし…。ひとりでやってると、ヘンなところ、シビアになりかけてしまうところがあるんです。内声をこう動かしたい、ここをキレイに流れるようにしたい、というように、こまかくみつめすぎてしまう。その状態からある種〈逃げる〉というかな、録ってしまったのだからこれで良しとしよう、というふうになかなかならない。気持ちの切り替えがタイヘンでした。ピアノ・ソロって、こういうことなんだな、とわかったわけですけども」

これまでのアルバムと同様、自作のみならず、いろいろな曲が収められている。

「ツアーのなかで、ある日はバッハを弾いたり、ある日はルグランの曲を弾いたり、とか、CDになったいまとなっては曲順として並んでいるものが、ツアー中の演奏ではそうではなかったわけです。ピンポイントで弾いていたのが今回集積した、とでも言ったらいいかな」

どうやって曲が選ばれていったのだろう。

「たとえば、ダレッシオ《インディア・ソング》。(畠山)美由紀さんがあるとき、持って来たんです、これを歌いたいから、って。この曲がながれるデュラスの(同名の)映画は、80年代に観ていましたが、久しぶりにまた観て、ね。美由紀さんのツアーでは、ピアノに、チェロとバンドネオンを加えた編成でやりましたが、今回はピアノ・ソロで。また、ルグラン《おもいでの夏》は、夏にツアーをしていたときに、やはり夏にちなんだ曲をやったりし、ふと、いい曲があったな、とおもいだして」

ほかに、既成曲では、アントニオ・カルロス・ジョビンの曲が2曲、ブルーノ・マルティーノ《エスターテ(夏)》、スティーヴ・スワロウ《Falling Grace》、そしてかしぶち哲郎《春の庭》を収める。

「《春の庭》はメロディが好きで…。かしぶちさんの『リラのホテル』というアルバムの最後に収められている曲。これを入れたいな、とおもっていましたね。詞もとてもいいんだけど、ピアノだけでやってみたらどうかな、と」

いろいろなアーティストにアレンジを提供している中島ノブユキだが、自分のアルバムなら、やはり「作曲家」だろう、だったらオリジナル曲が中心になるのでは、とおもうのだが、これまでも、そして今回も、前述のように、既存の曲と自分の曲を組み合わせてアルバムがつくられている。

「まぜる、というか、組み合わせるというか、を特に意識しているわけではないんです。曲が出来上がると、客観的になってしまうから、自分の曲でもひとの曲でもあまり関係がない。むしろこのテンポの曲があったから次はこれをとか、このながれだとこんなのがとか、どちらかといえば聴いてくれるひとの気持ちがより入れるように」

中島ノブユキは、昨年10月から、金子飛鳥らとともに、ジェーン・バーキンのツアーに音楽監督として同行している。そして、東北でおこった震災をめぐるプロジェクトの一環、KIZUNA WORLDのために、1月に新曲《Une Petite Fille》を作曲・録音した。先に曲ができ、そこにジェーンが詞をつけ、うたったもの。アルバムとはべつに、このうたも、近々、耳に届くようになる。詞の最後はこんなふうだ——「… c'est maintenant le printemps/… les cerisiers sont en fleurs …/… en fleurs(いまは春/桜の木々は花に/花におおわれ……)」

掲載: 2012年04月20日 12:57

ソース: intoxicate vol.96(2012年2月20日発行号)

取材・文 小沼純一(音楽・文芸批評家/早稲田大学教授)