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インタビュー

井上オサム



東京発、うつろふ街のサイケデリック・ジャズ


井上オサム

テナー・サックス奏者と弁護士という、ふたつの顔を持つ井上オサムが、自己の率いるバンド名を冠したデビュー盤『トランジェント・シティ』に続く2作目 『サイケデリック・ジャズ』を発表した。同じサイケデリックでも、よどんだ空気感と耳を突く過激なサウンドが特徴のサイケデリック・ロックとは違い、ジャ ズのほうはどちらかというとクールなサウンドの中に情熱をこめたような音楽だ。若きキース・ジャレットやジャック・ディジョネットを従えた、チャールズ・ ロイドの『フォレスト・フラワー』が、60年代のサイケデリック・ジャズを象徴する作品とされている。

「僕の音楽は、チャールズ・ロイドに代表されるようなサイケデリック・ジャズと、サイケデリックなロックやファンクとの中間的なテイストを盛り込んでいま す。とはいえ、いちばん好きなのはフェンダー・ローズなんですよ」という井上は、ウェルドン・アーヴィンやロニー・スミス、ハービー・ハンコックなど、 70年代当時は〈クロスオーヴァ―〉と呼ばれていたジャズを象徴する、エレクトリック・ピアノのサウンドを自身の音楽の中心に据えている。しかも、アルバ ムで使用したローズは、都内の店を何軒も回って見つけ出し、所有するテナー・サックスの1本を売却して手に入れたという、お気に入りの楽器だ。

しかしながら、井上はただ単に70年代のサウンドを再現しようとしているわけではない。彼は大学時代にテナーを始め、弁護士になってから留学したニュー ヨーク大学では、法学部と音楽学部の両方に所属し、現地のクラブで夜な夜な展開されるジャム・セッションに足しげく通った。そのニューヨーク滞在中、「話 をしていた友達がふと、『ニューヨークってトランジェント・シティ(井上の訳によれば『うつろふ街』)なんだよね』って言ったんです。それで僕も、『い や、東京もトランジェント・シティだよ』と応じたのが記憶に残っていて、それをバンド名にしたわけです。音楽のコンセプトも、僕がイメージしているのはあ くまでも、東京発信のジャズなんです」

イラストレーターとしての顔も持つ井上がデザインしたアルバム・カヴァーも、いかにもサイケな文字の中央に、日本の蒔絵にも通じる、水の流れを意匠化した 図が配されている。テクノやエレクトロニカの残響も聴こえる井上の音楽は、ジャンボ・スクリーンやLEDのイルミネーションに彩られた、夜の東京の雰囲気 にぴったりだ。


カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2012年07月05日 16:58

ソース: intoxicate vol.98(2012年6月20日発行号)

取材・文 坂本信