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インタビュー

花柳壽輔

東西を遥かに超えて──日本舞踊とバレエ音楽の美しき邂逅

バレエの傑作として知られるオーケストラ作品たちが、新たな地平を舞い拡げる。驚くことに日本舞踊との競演だ。《牧神の午後》《ボレロ》《ロミオとジュリエット》などなど‥‥花柳流四世家元・花柳壽輔を演出に迎える《東京文化会館舞台芸術創造事業 日本舞踊×オーケストラ─伝統の競演─》公演では、数々の傑作振付を生んできた名曲たちが、日本舞踊のさまざまなスタイルのなかに生まれ変わる。これまでも舞踊とオーケストラのユニークなコラボレーション公演を展開してきた東京文化会館ならではの大胆な──しかし言われてみるとなるほど、これらの演目なら洋の東西を越えて通じ合うものがきっとたくさんあるはず‥‥と期待の沸き上がる企画だ。

「私も歳ですから、実験的なことをやると思ってもいなかったんですけど‥‥今回のお話があった時、これはやはり自分しかできないという変な自信があったものでお引き受けしちゃったんです」と微笑む花柳壽輔師。伝統の美しさを磨く一方で、日本舞踊の新たな可能性を積極的に拓き、先導し続けてきたひとだ。傘寿を超えた今、日本舞踊界を代表するその活躍もますます盛んだが、ほかにも東宝歌舞伎での活躍、宝塚歌劇団や商業演劇での振付、現代バレエ界の鬼才振付家モーリス・ベジャールとの共同作業など、これまで重ねてきた多岐にわたる活動、その視野は柔軟にして幅広い。だからこそ今回の大胆な挑戦もまた自然な流れとも言える。

「日本舞踊と一口に申しますが、もともと能や文楽、歌舞伎‥‥といろいろな影響を受けて出来上がってきたものですから、間口が非常に広いんでございます。バレエのアンナ・パヴロワが来日して公演をおこなったとき[1922年]、歌舞伎俳優など日本の芸能人にも広く影響を与えたのですが、私の先々代であります二代目花柳壽輔も非常に大きな衝撃を受けました。それから日本舞踊も大きく変わり、表現の幅が非常に広くなったのです。そもそも宝塚もございましたように、オーケストラ演奏の洋楽で踊るということは日本舞踊にとってもそれほど珍しいことではありませんでした」

とはいえ今回のように、バレエ作品として知られてきた諸作を、日本舞踊の世界へ生まれ変わらせようとする大々的な企画はさすがに珍しい。

「お話をいただいて最初に思いついた作品は《牧神の午後》でした」と壽輔師。ドビュッシーの夢幻も柔らかく薫るこのオーケストラ曲、幾つものバレエ振付も上演され続けているが、「私にとって《牧神の午後》といえばどうしてもニジンスキー振付でした。とても官能的な踊りですけれど、日本舞踊は動物的な情念を直接に表現するのはふさわしくありません。ですから今回はもう少し精神的な表現になりますね。登場するふたりの片方は半獣神、もう片方もニンフですから、普通の人間の男女とは違った世界の恋のいとなみを表現するわけですけれども、日本舞踊には、こうした人間離れした世界を直接的でなく表現する方法も幾つかございますから、恰好の題材と言えます」

とはいえ容易い話ではない。「西洋音楽は合理的な譜面がありますが、日本の音楽はまず指揮者もいませんし、演じる人によってまったく違います。さらに踊りもそうですが、相手の呼吸に合わせる〈見計らい〉が特色です。この日本舞踊独特の間合いも、群舞とでは難しいのですが、この《牧神の午後》は井上八千代先生とならできる、と思ったのです」

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2012年12月05日 17:06

ソース: intoxicate vol.100(2012年10月10日発行号)

interview&text 山野雄大

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