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インタビュー

スラヴァ

ハイトーン・ヴォイスで歌いあげる
「永遠に色褪せない」スタンダード

哀愁たっぷりの旋律にのせて、ただ聖なる言葉だけを繰り返し、時には官能的とさえ思える妖しい雰囲気を漂わせながら歌い上げた《(カッチーニの)アヴェ・マリア》で20世紀末の音楽シーンにセンセーショナルに登場したスラヴァ。当初、16~17世紀フィレンツェのジューリオ・カッチーニ作と云われた(実はソ連の作曲家による1970年代の作品とされる)この歌曲は彼の歌唱をきっかけにして世界的にブレイクし、後にジャンルを超えて様々なアーティストによって広くカヴァーされる人気曲となる…もちろん同曲を収録した彼のメジャーデビュー・アルバムも日本でクラシックとしては異例の30万枚を越える大ヒットを記録した。あれから18年、49歳になったスラヴァから2003年の『Beautiful』以来となる待望の新作が届けられた。

「《(カッチーニの)アヴェ・マリア》は4度目のレコーディングになるかな。今回もエレクトリックなアレンジだけど、いつかクラブ・リミックス・ヴァージョンにも挑戦したい。これは全ての収録曲に言えることだけれど、よく知られている楽曲だからこそ、新しい解釈を加えて“リチャージ”することが大切だと思う。もっとも、敬愛するバーブラ・ストライサンドの《追憶》は曲自体が既に多くを物語っているから、ピアノとチェロだけのシンプルな伴奏にしたけどね」

  単に“カウンター・テナー”というカテゴリーでは表せない(自身は“男性版アルト”と称する)個性的なハイトーン・ヴォイスは本作でも健在。バロックやイージーリスニング界の名旋律でも甘美な声が冴え渡るが、フレンチの鬼才ミッシェル・ポルナレフやカナダの知性派レナード・コーエンのミステリアスな歌詞の世界がぴったりとハマる。

「《愛の休日》を歌うポルナレフの映像で、最初にあのブロンドのアフロ・ヘアと四角いサングラス姿を観せられた時は、これを僕が歌うの? って正直困惑したけれど、摩訶不思議な歌詞にインスピレーションを掻き立てられて、ちょっとユダヤのクレズマーのエキゾチックな音を入れたら面白いかもしれないとか、メインをバリトンで歌ってそこに色を塗るようにして声を重ねてみようとか、アイデアが次々に湧いてきた。レナード・コーエンの《ハレルヤ》もシンボリックで難解な歌詞は未だに謎のままだけれど、ロシアで歌った時に聴衆の反応が凄く良かった。みんな“祈りの歌”だってことを理解して静寂の中で聴いてくれたんだよね。今回の日本ツアーでもCD以上のパフォーマンスができたって手応えを感じた。2曲とも歌う度に新しい発見がある。だからこそ、世界中で今なお愛され続けているんだろうね」

アルバム・タイトル(原題)の『Sings Evergreen Melodies』のままに“永遠に色褪せない”珠玉の旋律を集めた1枚だ。

「でも人と同じで、出会った途端に恋に落ちる曲もあれば、好きになるまで時間が必要な楽曲もあるよね。話してみてその人の良さがだんだん分かるみたいに。例えば、ピアニストのボリス・ベレゾフスキーとラフマニノフの歌曲(ロマンス)を最初にやってみた時は何かしっくりこなくて結局ボツになったんだけど、それから何年か後でレコーディングしている時に彼が楽譜をさりげなく持ってきていて、やってみたら今度は凄く上手くいった。それ以来、ラフマニノフのロマンスが大好きになったりしたようなこともあるし。そういうのって理屈じゃ分からないから面白い。今回初めて出会った日本の曲《さとうきび畑》と《夜明けのスキャット》(※共に日本語歌唱で本アルバムに収録)も、今ではどちらも自分の中の一部になったと感じている。“ざわわ”の方が早い段階から歌の世界も含めて好きになったかな。言葉のひとつひとつが胸に刺さるように感じたのは、やはり沖縄で戦争があったというリアルな史実がそこに歌われているからだろうね。“ルルル…”の方は歌詞の内容も漠然とした雰囲気なので、スキャットや口笛など、インストゥルメンタル的で多彩な歌唱表現を、楽しんでもらえたら嬉しいと思う」

今後の予定としては、小劇場向けにストーリー仕立てのワンマン・レビューの上演計画が進行中。ヤナーチェクのオペラで知られる、チェコの作家カレル・チャペックの戯曲『マクロプロス事件』をベースに脚色した舞台作品で、エミリア・マルティという謎の歌姫が主人公の奇想天外な物語のようだ。まもなく稽古を開始するという。

「エミリアは見た目30代くらいなんだけど実は400年近くも生きて欧州をさまよい、伝説のカストラートであるファリネッリやオペラ作曲家のグルックを始め、さまざまな歴史的人物と関わりを持っているという設定。彼女はモーツァルトの死の真相を知っていたり、チャイコフスキーの人生に影響を与えたり、亡霊となったストラヴィンスキーにつきまとわれたりしていて、不老不死であることに疲れ人生に絶望して死を望んでいるんだ。僕の一人芝居で、ヘンデルからワーグナーのオペラ・アリア、マーラーやチャイコフスキーの歌曲まで盛りだくさんの面白いステージになると思う。ぜひ日本公演も実現させたい!」

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2013年03月12日 17:25

ソース: intoxicate vol.102(2013年2月20日発行号)

取材・文 東端哲也