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インタビュー

由紀さおり


日本語の美しさを伝えつつ、
ジャズの名曲からフレンチポップスまでを、
新たなるスタンダードへ

「この1年、ずっと嵐のようでした」という言葉には、しみじみと実感がこもっていた。なにしろ、一昨年、ピンク・マルティーニとのアルバム『1969』を発売して以来の騒動は凄まじかったからだ。ただし、「その嵐から逃げ出さず、むしろ、その嵐をちゃんと受け止めてきた」あたりに、由紀さおりという歌手の、しなやかな強さをみる思いがする。

むろん、この反響について、彼女は予想もしなかったという。

「とりあえず、もう一度、歌謡曲の歌い手として認知してもらいたい、それしかなかった」。それが、日本国内どころか、世界各地で人々を魅了したのだ。アルバムは世界22カ国で発売され、全米iTunesのジャズ部門では1位を記録、ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールを含めて、海外のステージで絶賛を浴びる。

「例えば、インターネットで世界の何処で何が起きているのか知ることもできるし、そこに、プロフェッショナルもアマチュアも関係なく、誰もが自由に動画を投稿できて、それを誰もが自由にみることができる。そういう時代にまでとりあえず現役を続け、それなりにチャンスをつかむところまで歌い続けていたということがいちばん大きいですね」。

そして、こうも続ける。「いままでやってきたことで無駄なことは何一つなかった、そう思えることがいまの私の誇りかもしれません」と。

それだけに、新作となると、相当なプレッシャーがあったに違いない。

「ありましたよ。だけど、次をチャレンジしているところをまずはみてもらいたい、それだけでも感じていただければいいかと。日本語をきちんときれいに歌いたいという思いと、ジャズとの融合性みたいなものを目指しながら、何処まで新しい世代の人たちと渡り合えたかどうか。松尾潔(プロデューサー)さんや川口大輔(アレンジャー)さんも、懐かしいものを懐かしむのではなく、お二人の感性で生き返らせようという思いもあったでしょうし、それを私がちゃんと受け止めて歌ったかどうか。私の中では充分こたえられたと思っているんだけど、少なくとも、いただいたチャンスを次にどう結びつけて、どういうことをやっていきたいのか、そのことは最低限表明できたような気がします」

タイトルは、『スマイル』。もちろん、チャップリンの代表作のひとつ。他にも、コール・ポーターの《ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ》から、《セプテンバー・イン・ザ・レイン》《ユー・アー・マイ・サンシャイン》等々、馴染み深い歌の数々が、ジャンルを越えて歌われている。それも、ありきたりなカヴァーで終わるのではない。日本語で創意工夫を凝らしながら全く新しい命をともないながら。

「自分で作って歌ってらっしゃる人が多いせいもあるけど、その世代にしか伝わらなくても、それでいいという歌が多いでしょ、いまは。確かに、その人にしか歌えない歌にはそれなりの強さがあるけど、《スマイル》って、小学生でも歌えるし、社会人になって挫折しそうな若い人たちにも訴えることができる。人生のラストランに向かっている私と同じ世代にももちろん通用する。そうやって世代を超えた歌を私は歌っていきたいの。松尾さんが、本当に素敵な日本語の詞をつけて下さったので、ずっと歌っていけます」

音楽的なバラエティに加えて、その見事な歌いっぷりから、何人もの由紀さおりがアルバムの中に存在しているかのようにもみえるが、だからと言って散漫になるどころか、アルバムとしての肉感をちゃんと身に着けているのは、彼女の美しい日本語に負うところが大きい。それも、美しいだけではない。洋邦を問わずに先人への敬意を忘れず、若い人たちと向き合い、時代としっかり対峙する。彼女の中にそういう思いがあるからこそ、その美しい日本語は強さを秘め、懐かしさを含み、優しさをも潜ませる。

「若い頃は、自分が歌うことで精一杯だったし、迷いもあった。《夜明けのスキャット》でアイドルなみにポッと出て、その後に《手紙》という曲があって、アップダウンの激しいところで10年歌い、そこを卒業させられて、また歌探しを始めて、姉と童謡や唱歌を25年やってきた。そういう流れの中で、もう一度、歌謡曲を歌いたいと思った理由の一つは、歌謡曲という言葉さえなくなった状況が悔しかったし、震災のこともあるかもしれないけれど、辛かったり、寂しかったり、苦しかったり、そういう聴き手のみなさん一人一人の気持ちに寄り添い、それってこういうことじゃないの、ああいうことじゃないのって、聴く側の人の思いを代わりに私は歌わせてもらっている、歌い手の役割ってそういうことじゃないのかなと改めて実感するようになったからなの」

現在は充実していますか、という愚問には、こういう答えが返ってきた。

「やりたいことがみつけられて、それがすごく楽しい。あれもやりたい、これもやってみたい、というのが次々生まれている。ここまで歌わせてもらって、しかも、そういう状況をつくらせてもらっているのは、幸せじゃないでしょうかね」

柔らかな光を浴びながら、歌たちがみずみずしく息を弾ませてきこえるのは、たぶん、そのせいだ。

LIVE  INFORMATION
『由紀さおり スプリングコンサート』

4/21 (日) 埼玉:サンシティ越谷市民ホール
5/11 (土) 千葉:森のホール21(松戸市文化会館)
5/16 (木) 大阪:大阪・フェスティバルホール
5/18 (土) 宮崎:宮崎市民文化ホール
5/19 (日) 大分:大分iichikoグランシアタ
5/26 (日) 栃木:栃木県総合文化センター メインホール  

『ドラマティックコンサート2013 PANDRA』
6/18(火)〜6/23(日)赤坂ACTシアター

http://www.yuki-yasuda.com

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2013年04月26日 18:55

ソース: intoxicate vol.103(2013年4月20日発行号)

interview&text : 天辰保文