中曽根元首相の愛聴盤~ワインガルトナーの『第九』、ヒュッシュの『冬の旅』
元首相の中曽根康弘氏が11月29日午前7時すぎ、東京都内の病院で亡くなりました。101歳でした。1918年、群馬県に生まれ、東京帝国大法学部卒業後、内務省に入省。その後、海軍主計将校となり、終戦を迎えました。1947年に衆院旧群馬3区で初当選し、当選20回。82年11月、第71代首相に就任しました。
中曽根元首相と言えば「サライ」2012年1月号 “各界の音楽愛好家に聞く-忘れられないこの1枚-”のページでオーパス蔵の復刻盤CDを2点を取り上げ、そのレコードの思い出を語ったことでクラシック・ファンの間で話題となったことがありました。それは戦前のSPレコード時代の名盤、ワインガルトナーの『第九』、ヒュッシュの『冬の旅』でした。以下に、中曽根元首相による思い出を引用します。
(タワーレコード 商品本部 板倉重雄)
・ベートーヴェン 交響曲第9番`合唱付き’
ワインガルトナー指揮ウィーン・フィル他
‐1935年録音‐ (OPK2040)
「私が進学した旧制静岡高校の寮には充実したレコードのコレクションがありました。当時、旧制高校は『全人教育』『教養主義』を掲げていたので、音楽も一流のものを聴かないといけない。そこでバッハやモーツァルト、ベートーヴェンやシューベルトなどの名盤がずらりと揃っていたのです。(略)寮で話題の中心にあったのはベートーヴェンです。5番がいい、いや8番だ、傑作は9番だと議論しあったものです。この頃から『第九』が好きでした。寮のワインガルトナー盤を繰り返し聴き込みました。第4楽章『歓喜の歌』は、今でもドイツ語で口ずさんでしまうほどですよ。」
・シューベルト 「冬の旅」 ヒュッシュ/ミューラー
-1933年録音- (OPK2083)
「私は昭和16年に海軍に入隊しました。戦争になって出陣した時には、柳行李に茶人の書『茶味』と聖書、それと聴くあてもないが『冬の旅』のレコードを忍ばせていきました。寮で聴いたヒュッシュの盤です。『冬の旅』はドイツ・リート(歌曲)の代表曲で、哀調と深みがあるんです。インドネシアのボルネオ島バリクパパンに上陸した時のことです。住む人は逃げ、もぬけの殻になった家で蓄音機を見つけました。オランダ人家族が住んでいたようです。私はとって返すと行李からレコードを取り出し、誰もいない家で「凍った涙」(第3曲)をかけました。上陸作戦の直後です。針を落とすと、殺伐とした戦場の中にヒュッシュの声が流れ出した。私は何もかも忘れ一心に耳を傾けた。独り音楽と向かい合ったのです。この時ほど、芸術のありがたさを痛感したことはありません。」
(何れも「サライ」2012年1月号より)
カテゴリ : Classical
掲載: 2019年11月29日 14:00