アレクサンドル・タロー~ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番
世界中で、毎日数多のピアニストが演奏会を行い、また録音も続けています。しかし、リリースするアルバムの全てが「一切はずれなし!」と賞賛されるピアニストが現在どのくらいいるのでしょう? そんな稀有の存在の一人が、この1968年生まれのアレクサンドル・タローです。フランス出身の彼、最初はプーランクやラヴェルなどお国物で力を発揮していましたが、いつの頃からから独自の音楽を聞かせるようになったのはご承知の通りです。ショパンの前奏曲にそっと「モンポウ」を忍ばせてみたり、さらっとラモーやクープランを弾きこなしてみたり。最近はバッハにも力を入れているし、2年前のハイドン、モーツァルトも素晴らしかったし… そんなタロー。ついに名曲中の名曲である「ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番」を手掛けたのです。これが濃密で詩的。まさに理想の「第2番」です。冒頭の鐘の音を思わせる和音の連打、美し過ぎる第2楽章、そして多くの人がこれでもかとばかりに技巧を見せつける最終楽章。彼はそのどれもを「想像の斜め上を行く」表現で易々と駆け抜けて行きます。もちろん奇をてらうのではなく、あくまでもエレガントであり、スコアを変えることはありません。この変幻自在なタローの演奏にぴったり寄り添うヴェデルニコフがドライヴするオーケストラ(ロイヤル・リヴァプール・フィル)の豊穣な響きが美しいピアノの音を引き立てていることも付け加えましょう。「幻想的小品集」もまた見事で、曲ごとに溢れるファンタジーが素晴らしい。ヴォカリーズで共演しているサビーヌ・ドゥヴィエルの可憐な歌唱も絶品。そして最後に置かれた6手のソナタがとびきり贅沢。マザール、メルニコフの2人を迎えたアンサンブルは息を呑む他ありません。「ラフマニノフの2番なんて聞き飽きた」という人も、このタロー盤ならご満足いただけるはずです。
(ワーナークラシックス)
*LPレコード(アナログ盤)もリリース。
【収録曲目】
ラフマニノフ
1. ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 Op.18
2. 幻想的小品集 Op.3
3. ヴォカリーズ Op.34-14
4. 6手のための3つのピアノ作品~ロマンスとワルツ
【演奏】
アレクサンドル・タロー(ピアノ)
アレクサンドル・ヴェデルニコフ(指揮)
ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団
サビーヌ・ドゥヴィエル(ソプラノ・3)
アレクサンダー・マザール(ピアノ・4)
アレクサンドル・メルニコフ(ピアノ・4)
【録音】
2016年1月、リヴァプール・フィルハーモニック・ホール(1)
2016年2月、パリ、サル・コロンヌ(2-4)
いつもながら当たり前の作法で物事を終わらせない賢人タローが、この協奏曲のアルバムにカップリングしたのは、若きラフマニノフの習作、6手のための3つのピアノ作品。この曲集は本来、ワルツ、ロマンス、ポロネーズの3曲で構成される予定でしたが、構想のまま終わってしまったのか、3曲目のポロネーズの楽譜は残されておりません。
一台のピアノを3人で弾くという珍しい小品集は、親しい家族づきあいのあったスカローン家の三姉妹のために、18歳のラフマニノフが書き記したものです。短い“ワルツ”は長女が書いたテーマをもとに作曲されたもの。翌年には青春の物憂さがいっぱいの“ロマンス”が作られます。そうです。このノスタルジックなアルペジオの導入部分は、ピアノ協奏曲第2番のあまりにも有名な第2楽章と瓜二つ。アルバムを聴きとおすことで、タローのスマートな楽曲分析のレクチャーを楽しませてもらえる寸法です。
スカローン三姉妹のために書かれた可愛らしい音楽を、同じアレクサンドルのファーストネームをもつ3人の男性ピアニストが、肩を寄せ合って演奏している様を空想するのは、なかなか楽しいもの。ついでに指揮者のヴェデルニコフの名前もアレクサンドルなのでした。
(タワーレコード)