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インタビュー

桑田佳祐(2)

せーのでやったときの楽しさがロック

 とはいえ、新作は過去の作品とその感触が明らかに違う。より肝が据わっている。腰が入っている。そんな印象を受ける。彼自身の喜びも悲しみも苛立ちも怒りも祈りもまんま音楽に変換していったようなリアルな歌が揃っている。だからゴツゴツ入ってくる。聴き手の体のどこかにすり傷を作ったり、ひっかき傷を作ったりする曲がたくさんある。『ROCK AND ROLL HERO』――アルバム・タイトルに表れているように、ロックのエッセンスが凝縮されている。でも、ロックを作ることに強くこだわったわけではない、と彼自身は語っている。

「去年、“波乗りジョニー”“白い恋人達”がヒットしたこと、そして一連の動きが豪華だったことは、とてもうれしかったんですよ。でもそこでひとつ、自分の中で〈まわっちゃった〉気がしたというか。また違うことがやりたくなった。等身大の音楽が作りたくなったんですよ。もちろん“波乗りジョニー”も“白い恋人達”も等身大の作品ではあるんですが、制作の段階で、行ったことのない土地を思い描いたり、したことがない恋をイメージしたりする部分もあって。その部分では背伸びもあったかなと。じゃあ等身大の音楽とはなにかと考えたときに、中3~高1~高2のときの自分というものが出てきたんです。深夜放送を聴いたり、先輩にレコードを借りたり、全然モテなかったり。いまだにあのときの自分が現在の自分の中にいることに気付いた。そういう思い出とか原体験がいまでも大きい存在なんですね。だから〈ロックをやるんだ!〉という旗を揚げたつもりはなくて、もっとシンプルに中高生のころの自分に向けて曲を作ろうというのがテーマになっていったんですよ。あの当時、あのワクワクした感じに向かっていきたいなと」。

 たしかに、この新作には60~70年代前半のロックの匂いが濃厚に漂っている。でもノスタルジックな音楽にはなっていない。いまの音楽としてリアルに響いてくる。

「あまり時代性は意識していないんですけどね。きっとバンドのメンバーに助けられた部分が大きいと思います。斎藤誠君はじめ、メンバー全員が素晴らしかったですから。久しぶりにクリックをあまり使わずに、せーのでやってみて、人間の持ってるグルーヴ感、タイム感のすごさを感じました。もしリアルに響いたとしたら、そういう人間的な部分が出たからでしょうね。70年代の音楽をやるにしても、当然、やる側はレディオヘッドがどうだ、リンプ・ビズキットがどうだってことも知ったうえでやるわけで、いろいろな情報は僕らの中に自然に入りこんできてますからね」。

 自由度の高いセッションのなかで曲を作っていくことによって、再発見、再確認したこともたくさんあったと彼は語っている。

「ロックがなんなのか、いまだにわからないんですけど、生き様がどうのってことよりも、みんなでせーのでやったときの楽しさがロックなんじゃないかって気がしてて。みんなの気持ちがガッとぶつかってクラッシュしたときに生まれてくるマジックこそがロックの楽しさなんじゃないかなって。ともかく自分の本能を裏切らずにやっていけば、楽しい作品になるだろうなというのは思ってました」。

 1曲目の“HOLD ON(It's Alright)”は、アルバム全体の感触を象徴する曲と言えるかもしれない。

「ぶっちゃけた話、この曲ではディランがやりたかったんですよ。発想としては、みんなで酒を飲んでたら、たまたまそこにアンプがあって、手持ちの楽器のコードを差してみたって感じですね。なにもないところからなにかが生まれてくる楽しさを味わいたかった。行き先はやっていくうちに決まっていくだろう、みたいな」。

 行き先が決まっていないからこそ、頭で考えてただけでは作り得ないとんでもない作品が生まれてくる。“東京”“東京ジプシーローズ”など、斬新かつディープな世界もセッションから生まれた。“質量とエネルギーの等価性”は、ジミヘンからリンプ・ビズキットまで、ロックの歴史を一挙に総括したような曲だ。

「最初はジミヘンがやりたかったんですけど、やってるうちにミクスチャーになったっていう。3人編成じゃなかったこともあるし、河村智康君というドラマーのキックがすごかったこともあって、ジミヘンにはならなくなってきた。で、ノイズとか入れるうちにデジロック風になってきて、ラップなんかも考え始めて、歌詞もねじれていって。ここ2年くらいリンプ・ビズキットに恋をしてる自分もいたし。いまの時代へのオマージュみたいな気持ちと、時代に取り残されたくないみたいな下品な気持ちもあった。そういうのが全部、包み隠さず出ちゃったってことでしょうね」。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2002年10月03日 17:00

更新: 2003年02月13日 10:56

ソース: 『bounce』 236号(2002/9/25)

文/長谷川誠