つじあやの
〈より良いうた〉をめざし、その成果をしっかりと上げてきたシンガー・ソングライター、つじあやの。新作『恋恋風歌』には、いったいどんな〈良いうた〉が!?
「今年に入ってシングルのリリースが立て続けにあって、まわりからは〈調子いいですね!〉みたいに言われるんですけど、ことレコーディングに関してはそんなに根詰めて進めていたわけじゃなくて。自分自身すごくマイペースにできたなあっていう感じなんですよね、いま思えば」。
彼女自身がそう語るように、すこぶる順調な創作過程を経たうえで届けられたのが今作、つじあやの通算4枚目となるアルバム『恋恋風歌』。
「単純におもしろかったんですよね。(シングルの)“風になる”を出したのがきっかけだったと思うんですけど、そこで、自分がどういう音楽を好きなのか?とか、こういうアレンジをしたいな、とか、そういうことを見つめ直したり」。
そこで彼女が選んだのが、スウェディッシュ・ポップの俊才、トーレ・ヨハンソンとの共同作業。今回のアルバムでは冒頭から続く3曲のプロデュースを彼が手掛けることと相成った。
「カーディガンズとかBONNIE PINKが、ずっと前から大好きだったんですよ。トーレが作る音楽って、アコースティックな手触りがあって、シンプルな編成なのに、すごく広がりもあるし。いつかいっしょにやってみたいなと思っていたんです」。
結果、ときにグルーヴィー、ときにスウィンギンに──彼女の紡ぐ、繊細ながらも芯のあるメロディーには、トーレ・ヨハンソンならではの色彩豊かなサウンド・トリートメントが、なんとも絶妙な風合いで施されることに。
「スタジオの雰囲気もかなり良くて。アシスタントの男の子がいたんですけど、ボーッとしてて、ほんまにアシスタントなのかもわからない(笑)。でも逆になんか、その感じがすごくいいなって。あとは、トーレがいきなりほうじ茶を煎れてくれたんだけど、缶にひらがなで思いっきり大きく〈ほうじ茶〉って書いてあったり(笑)」。
いいぞ、トーレ(笑)! 彼女がお茶処・京都の出身だという事実をどこまで知っていたかはさておき、そうした何気ない心遣いがレコーディングの雰囲気をグッといい方向に導くこともままあるわけで。それも含めてのグッジョブ!
そんなトーレ効果も相まってか、冒頭で彼女が語っているように、実にスムーズかつ良好な雰囲気のもとで進められたという今回のレコーディング。図らずもそれは、作品全体のクリエイティヴィティーにも多大なる影響を及ぼした様子で。
「プロデューサーの根岸(孝旨)さんが出してくるアイデアに対しても、柔軟に対応できるようになって。以前だったら〈これはちょっと違うかな?〉っていうようなものでも、〈実は試してみたら合うんじゃないかな〉って思えるようになったり」。
確かに。ストリングスの甘美な響きを全面的に配したナンバーや、ジャジーな意匠を凝らしたナンバー、さらには彼女のトレードマークともいえるウクレレさえも登場しないナンバーがあったり……。〈良いうた〉を〈より良いうた〉へ。そこからは、みずからの生み出す〈うた〉の世界により一層の奥行きと広がりを加えんとする彼女の新たな試みを、否応なしに窺い知ることができる。
「以前は無理してでもウクレレを入れようと思っていたんですけど、いまはそんなにウクレレっていう楽器そのものにはこだわらなくなってきましたね。むしろ楽曲に対してウクレレが果たす役割のほうが、最近ではすごく重要に思えて。ジャンルとか、音数の多さとか少なさとかそういうことに囚われず、必要な音は素直に入れるし、そうじゃないものは単純に入れなくていいっていう。自分のなかから自然に出てくるメロディーと歌、それと声。それをいかにして自然な形で聴いてくれる人に伝えられるのか?っていうのがなによりもいちばん大切なことなんだなって、今回のレコーディングを通して改めて気付かされましたね」。
ウクレレ片手に心地良い歌声を届けてくれる女性シンガー──彼女にまつわる、そんなパブリック・イメージを気持ちよく裏切ってくれる、文字どおりの快作。〈君と僕〉とが織り成す11編の恋のうたが、爽やかな5月の風に揺られながら、より多くの人の耳に届けられることを、ささやかながら切望する次第です。
- 次の記事: つじあやの、ピ~スな銀盤たち