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インタビュー

HERBEST MOON


 はっきり言って、ILL-BOSSTINOとのダンス・ミュージック談義は最高に楽しい。そして、メチャメチャおもしろい。話題はいつしか愛や宗教や人生といった奥深い領域にまで及ぶ、当然のことのように。その冒頭で、好きなDJについて触れた際、真っ先に飛び出してきた名前はキム・ライトフットだった。御機嫌だね。その瞬間、その耳も、その感覚も、信用して間違いないと確信した。とりあえず、彼は、それ系の、相当にいかれている部類に属する人間である。

「ヒップホップは特殊で、とても厳しいルールがある。そこからハミ出ると、もう認められない。それは狭い制約のなかで高めてゆく芸術。そこで、どれだけの高みをめざせるか、だから。でも、こっちは超自由だ。あらゆる物事や要素が余裕で溶け込んでいる。全然違う世界だから、そう簡単に比較はできないけど」。

 札幌のクラブ、Precious Hallは、日本のディープなハウス界の北の聖地である。ここは、フランソワ・ケヴォーキアンやジョー・クラウゼルといった大物DJたちが大絶賛するクラブとしても有名だ。そこにはシリアス・ダンス・ミュージックで踊るマナーを熟知した良質なダンスフロアがある。夜毎のレギュラー・パーティーも濃いエキスが詰まった本格的なものばかり。なかでも、月イチのペースで土曜の夜に開催されている〈realize〉は、ILL-BOSSTINOにとって特別な意味を持つパーティーである。彼はそこで初めて本物のハウス・ミュージックの洗礼を受けた。その衝撃的な出会いから約6年、彼は憑かれたように〈realize〉に通い続けている。午後11時にスタートして午前11時まで続くこのパーティーで、星の数ほどのエグいクラシックスを浴びるように聴き、いくつものかけがえのない瞬間を経験し、ILL-BOSSTINOはさらに深くハウスの世界にのめり込んでいった。そして、ダンスフロアは修行の場となった。闇のなかで底なしの孤独と向かい合い、そこを黙々と踊り抜いた家族同然の仲間たちと、笑顔で新しい日を迎える。熱く胸に響く音楽を祝福し、そこにある偉大なる愛を再確認する。

「〈音楽があれば宗教はいらない〉って言うけど、本当にそのとおりだ。ハウスからはいろんな深いことを教わった。俺、本気で、音楽を信仰してますから……」。

 そしてILL-BOSSTINOは、〈realize〉のDJ、Yakkoの熱烈な信者であると同時に友人でもある。そのパーティーとDJとファミリーへのあり余るほどの愛情が、彼をHERBEST MOONというプロジェクトへと駆り立て、濃密で強烈な12時間のハウス体験をみずからの音楽で表現し、一晩のパーティーの流れを断片的に繋ぎ合わせ、形にして残す作業へと向かわせた。その成果が、先にリリースされたフル・アルバム『SOMETHING WE REALIZED』と、このたびリリースされたダブ・ミックス盤『DUBTHING WE REALIZED』である。

「長いダンス・ミュージックの歴史を考えれば、俺なんてまだ超ガキンチョ。最後尾にいる人間だよ。だから、失礼にあたらぬよう、どこまでも真摯に素直に、謙虚な気持ちで音楽に取り組んだ。ずっとヒップホップ畑にいると思われていた人間が、こうしてアルバムを2枚も作ったんだ。きっとそんな難しいことじゃない。誰にだって(ダンスフロアで)感じられることを、そのまんま表現しただけのことだよ」。

 一生かけて聴き続けることを心に決めた運命のDJがいる、骨の髄まで愛の大切さを叩き込まれた〈realize〉のダンスフロア。そこで生命を授かったHERBEST MOONの音楽がふたたびダンスフロアへと戻ってゆくことを、ILL-BOSTINOは願っている。

「俺は(作業を完了させた時点で)ベストを尽くした。あとは、もう(プレイしてくれる)DJ次第だ。一晩のストーリーのなかで、DJのセリフのひとつとして、上手に使ってもらえれば嬉しい」。

 まだまだHERBEST MOONは、ハウスの奥深さについてダンスフロアを公転しながら学んでいる過程にある。どこまでもパーティーが続く限り、その歩みも決して止まることはない。HERBEST MOONはハウス・ミュージックの明日へと向かおうとしている。

PROFILE

HERBEST MOON
THA BLUE HERBのラッパー、ILL-BOSSTINOとプロデューサーのWACHALLによるユニット。〈より自由に、よりユニークに〉をコンセプトに、99年にリリースされた12インチ・シングル“コンクリートリバー”を皮切りに活動をスタート。2003年には“SNOWY STREET FEELING”をはじめ、4枚の12インチ・シングルをリリース。THA BLUE HERBとは異なるハウス寄りのアプローチを持ったサウンドが注目を集める。2004年4月にフランソワ・ケヴォーキアンがマスタリングを手掛けたフル・アルバム『SOMETHING WE REALIZED』をリリース。同アルバムのダブ盤『DUBTHING WE REALIZED』(THA BLUE HERB RECORDINGS)が5月7日にリリースされる。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2004年04月28日 12:00

更新: 2004年04月28日 20:02

ソース: 『bounce』 253号(2004/4/25)

文/安藤 優