ミドリカワ書房
〈物書きになりたかった〉という異色のシンガー・ソングライターのデビュー作が登場
「ここ数年で本をよく読むようになって。歌作る作業って小説書く気分なんですよね」。
そう語るだけあって、〈妄想系多重人格シンガー・ソングライター〉ことミドリカワ書房の歌は細部に渡って貫徹されたストーリーテリングが尋常ではない迫力。発想豊かなフィクションの詰まったファースト・アルバム『みんなのうた』を聴くに、相当妄想癖のほうも逞しいんでしょうか?
「みなさんといっしょだと思いますよ。おねえちゃんの妄想じゃないですかね。なんか〈いっしょに温泉行きたいな〉とか(笑)。“ユミコ”という曲も釈由美子なんですよ、実は(笑)。遊び人な女の子っていうとやっぱり釈由美子かなと」。
吉田拓郎など70年代フォークからの影響を滲ませた社会へのプロテスト・ソングを作っていた彼が、田辺マモルなどをお手本として現在の物語調スタイルに移行したのは「レコード会社にデモテープを送ろうと思ってから」というが、その奥にはインスタントなポップ・ソングへの抵抗があるという意味で、拓郎イズムは捨てていない。
「普通にありそうなラヴソングとかが嫌いなんですよ。聴いててもなんにもおもしろくない。おもしろくないもの作ってもしょうがないなっていう気持ちがこういう歌を作っていますね。そういう人たちと同じにやってても耳に留まらないでしょうしね」。
〈耳に留まる〉といえばミドリカワ書房のメロディー。それは実は言葉よりも雄弁だったりする。奥田民生、大瀧詠一、浜田省吾などもフェイヴァリットに挙げる彼の歌謡曲的なベタさを持った旋律は、弾き語りにローファイなバンド・サウンドに貫かれており、「メロディーメイカーのつもりはない」という彼の言葉を無意識で裏切る。メロディーと詞の相乗効果が中毒性を生むという意味で、下記の浜田省吾評は自分の音楽のことを言ってたり。
「浜田省吾はベスト盤を買ってみたんですけど、最初はウザイなっていう感じはしてて(笑)。でも段々なんか疲れたときに聴きたくなってきて。元気が出るというか、あの暑苦しさがいいなと思うようになって」。
曲間で挟み込まれる、〈スキージャンプ・ペア〉で注目を浴びた茂木淳一(千葉レーダ)のスネークマンショー譲りのナレーションに脱力笑いしながら、聴き終わってもミドリカワ書房のナイーヴな歌声は頭のなかでずっと吠えている。
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掲載: 2004年12月16日 17:00
更新: 2004年12月16日 17:33
ソース: 『bounce』 260号(2004/11/25)
文/内田 暁男