Pedro Martinez
NYの凄腕セッション・プレイヤーが、ルーツへの熱い思いを込めた傑作を生み出した!!
現在のNYラテンの神髄と言えるジェルバ・ブエナや、ディープ・ルンバとその発展形であるエル・ネグロ&ロビーなどでコンガを叩き、ときには歌ってもいたペドロ・マルティネスが待望のソロ・デビュー作『Slave To Africa』(邦題:重力の虹)をリリースした。プロデュースはジェルバ・ブエナの中心人物=アンドレス・レヴィンである。パーカッションのキレの良さは誰もが期待していたとおりだが、意外だったのはヴォーカリストとしての実力が予想以上だったこと。その結果、アルバムは思いのほかポップに仕上がった。
ペドロ・マルティネスはキューバのハバナで生まれ育ち、パーカッショニストとしてキャリアを積んだのち、98年に25歳でアメリカに移住した。現在のNYラテンは、ラテンを基軸にしつつもアフロやファンク、ジャズなどをヒップホップ的にミックスする方向にあり、そのなかで揉まれたことが〈キューバの外に出る〉という決断を下した彼に大きな刺激を与えたことは間違いない。『Slave To Africa』を聴くと、とりわけ“Dime Que Te Pasa”のようなフェラ・クティのアフロビートを独自に血肉化した曲や、キューバと西アフリカの関係を客観的に眺めたような“Yoruba Soy”に、アメリカに移住した成果が感じられる。
一方で、アメリカに移住するということはキューバを捨てるという意味でもある。現在のキューバ音楽も、ロベルト・カルカセスが率いるインテラクティボにもっとも顕著なことだが、キューバ音楽を基軸にしつつもブラジル音楽やファンクをヒップホップ的にミックスする方向にあり、NYラテンと同時代的に共振している。しかしそれでいて、キューバ音楽とNYラテンでは雰囲気が大きく異なってもいる。その差異は、キューバ音楽に宿命的に練り込まれている伝統の重みと、体制の違いや桁違いの収入の格差といった社会状況の違いが否応なく音楽に陰影を与えた結果だ。ペドロがそのへんをどう感じているかはわからないが、今回の『Slave To Africa』を聴くかぎり、現在のキューバ音楽のミュージシャン以上に、キューバ音楽の伝統にこだわっていることが窺えて興味深い。具体的には“Intro”や“Bendicion Madre”などで、キューバの伝統的なビートであるルンバ・グァグァンコーを炸裂させているところ。こうれはレア・グルーヴ的発想で採り入れているというより、日本人が外国でわざと着物を着るような感覚に近いのかもしれない。
アメリカに移住してからのペドロ・マルティネスは驚異的な数のセッションをこなしてきた。それは生き抜くための戦いであったはずだが、その戦果を携えて、ついに自身を前面に出す作品を作った。ラストのタイトル曲は、ユッスー・ンドゥールとアルセニオ・ロドリゲスがNYで出会ったような奇跡的に美しい曲で、彼の辿った道のりが凝縮されている。
▼ペドロ・マルティネスの参加作品を一部紹介。