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インタビュー

Cut Chemist

ビートの魔術師がいよいよ踏み出したソロ・ステップ……独特の哲学に溢れたケミストリーを存分に味わえ!


 親友のDJシャドウと共演/共作したり、ビート・ジャンキーズなどの構成員として知られるDJショートカットとターンテーブル・セッション盤を出したりと、ジュラシック5(以下J5)から離れたサイドワークにおいても華々しい手腕を振るってきたDJ/トラックメイカーのカット・ケミスト。2004年にはミックスCD『The Litmus Test』も発表し、単体で飛躍するには十分すぎるほどの助走を見せていた彼だが、このたび舞い込んできたのは初のオリジナル・ソロ・アルバム『The Audience's Listening』リリースという吉報、そしてJ5脱退の凶報(?)だった。

「まだグループにいた時、今後のJ5の方針についてみんなで話し合ったんだ。〈より広いマーケットに訴求するには、もっとポップな音を鳴らしたほうがイイんじゃないか?〉ってね。オレ自身も〈ポップなことをしてもクォリティーの高い音楽は作れる〉と思ってたし、その意見には大賛成だった。でもその矢先にワーナーからソロ作のオファーがきて、そっちに専念しなきゃいけなくなった。だからグループを抜けたんだよ。じっくり1年くらい時間をかけて、ひとりだけでユニークなアルバムを作りたかったから。メンバーの誰かとビーフがあったワケじゃない(笑)」。

 これまで〈アンチ・ポップ〉なアティテュードを固持してきた(ように見えた)カット・ケミストだが、より大勢の心を掴むために音楽観を少し変えて、本作を「アーシーだけどコンテンポラリーな要素も含んでる」内容に仕上げたそうだ。さらには「今後共演したいのはクリスティーナ・アギレラとか」なんて発言も。確かに『The Audience's Listening』には、人懐っこくてヴィヴィッドなカラーリングが施されている。

「オレにとっての〈ポップ・ミュージック〉とは、一度聴いただけで頭に残るメロディーがあって、同時にパワフルな音楽のことを指すんだ。クォリティーを下げてサウンドを単純化することじゃない。だからある意味、オレとJ5は同じ方角に向かってると思うよ」。

 そこで〈ではなぜJ5の新作に参加してないの?〉という質問をぶつけると、「6つほどビートを送ったんだけど採用されなかった。アルバムのコンセプトに合わなかったのかな。次はがんばるよ(笑)。いまは自分のプロジェクトが充実してて楽しいけど、近くグループに復帰するかもしれない。彼らとはずっとクールな関係だしね」との答えが得られた。

 さて、誰もが腰を動かしたくなる〈本能刺激型〉なんていうと大袈裟だが、実際にそんな作風だといえる『The Audience's Listening』。この〈ケミスト=化学者〉がカット&ペーストという手法を駆使してレイアウトするサウンドには、野趣に富んだファンクネスがタップリ注入されていて、またインスト主体であることも働いてか、ここにはストイックでダイナミックなエナジーが充満している。それでいて〈芸術的な泥臭さ〉とでも評せるような、ヴィンテージな空気が作品のトーンとして貫かれているのだ。

「いろんなジャンルのレコードを掘り返して、見つけたネタをプロトゥールズに取り込んでは貼り合わせる。カット&ペーストの連続……確かに手間のかかる作業だよ。臨場感のあるドラム・パターンを組むために1か月を費やした曲もある(笑)。サンプリング・ミュージックはそれ自体が芸術だと思うし、オレはこのアートフォームの限界に挑戦してるんだ。今回は楽器の生音もちょっと用いたけど、それも泥臭い鳴りになるまでイジッたんだ。サンプリングしたみたく聴こえるようにね。ん、クリアランスはどうしたのかって? 丸1年かけて全部クリアしたよ。ホントさ(笑)!」。
▼カット・ケミストのミックスCD。


DJシャドウとの連名による同年の『Product Placement』(Pillage Roadshow)

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2006年08月17日 01:00

更新: 2006年08月17日 19:16

ソース: 『bounce』 278号(2006/7/25)

文/河野 貴仁