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インタビュー

MELODY GARDOT

星空の下の孤独も、朝焼けに照らされた希望も、芳醇なメロディーがすべてを包み込んでくれる。夜と朝の間には、そんなあなたの音楽に寄り添っていたくて……


  メロディ・ガルドーのファースト・フル・アルバム『Worrisome Heart』が脚光を浴びるようになったのは、今年初頭のこと。2006年に自主で制作された本盤は、口コミで評判が広まってメジャー流通されることとなり、その後は世界中の音楽ファンの間で瞬く間に浸透していった。そしてこのたびめでたく日本盤のリリースが決定したわけだが、彼女の魅力についてはすでに日本でもあちらこちらで意見が交わされている。でも、だいたい共通しているのは〈不思議な佇まいの音楽だ〉というもの。それについては筆者も同感で、ジャズのようであり、ブルースのようであり、ポップスともいえるが、定規を当てようとすると途端にイメージが遠のいてしまう。

「夜中にスナックをつまむような感じのアルバムね。眠れなくて何をしていいかわからない夜に聴く、落ち着くための音楽といった感じかしら。そんな雰囲気が出せてとても嬉しいの。30年代のビリー・ホリデイやベッシー・スミスのような、ジャズとブルースの中間を漂うような感じよね」。

 これは本人によるアルバムの感想。そう、彼女は質の良い毛筆のような歌声で、夜と朝の間に流れる空気を描き出すことのできる人。近年活躍が目覚ましいジャズ・テイストを有する女性シンガー・ソングライターのなかでも、多彩なバックボーンを感じさせる点と、サウンド・プロダクションにおける色彩感覚は突出している。

 フィラデルフィア生まれで、現在23歳。幼い頃はジェイムズ・テイラーやコール・ポーター、デューク・エリントンを好んで聴き、16歳でピアノ弾きとしてアルバイトを始めた。しかし19歳のある日、彼女は交通事故に遭った。瀕死の重症を負い(現在も重度の後遺症と戦う日々を送っている)、寝たきりの生活が1年も続いたという。その頃、リハビリの一環として作曲を始めることに。そんな入院生活のなかで作った音源を発表したところ大反響を呼び、アルバム制作が実現するのである。

「事故から2年後のいま、こうして素晴らしいミュージシャンたちといっしょにスタジオに入れるなんて、とても現実のこととは思えないわ。両親が離婚した時、もしくは彼氏と別れた時と同じくらい〈非現実〉な感覚ね」。

 アルバムのプロデュースはメロディ本人と、フィリーのスタジオで長年エンジニアを務めてきたグレン・バラットが共同で行っている。

「グレンから〈ぜひプロデュースしたい〉と言われた時、〈私が探しているのは共同プロデューサーなの〉と答えたわ。でも実際にアルバム作りをすることになったんだけどね。彼とはじっくり話し合い、まるで親友と仕事をしているかのようだった。そしてミュージシャンが集まった時、2人が思いもしなかった方向に曲が広がっていったのよ。彼らは私の音楽に開いていた穴の部分を埋め、すべてを繋ぎ合わせ、雰囲気を与えてくれたの!」。

 その〈雰囲気〉とは、あらゆる現実感を溶かしてしまう夜のしじまに似たもの。ドブロ・ギターやチェロやハモンドが生み出すブルージーでノスタルジックな手触りのサウンド。そこにスモーキーな歌唱が重なり合って、緩やかな時間の流れが表出する。しかしながら、確固たる雰囲気が作られているものの、冒頭に書いたように出てくる曲調は実に雑多。ゆえに、ただのムード音楽として耳を流れていくことはない。

 さて、聞くところによると、ラリー・クラインをプロデューサーに迎えた次作の発表が、もう間近に迫っているそう。そこでは、夜をもっと深くまで掘る力をつけた彼女に会えそうな予感がしてならない。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2008年09月04日 21:00

ソース: 『bounce』 302号(2008/8/25)

文/桑原 シロー