インタビュー

PAUL STEEL


  「僕はただの音楽オタク。それで大満足なんだ」と、謙遜なのか、自負なのかわからないお茶目な発言をケロリとしちゃう男、それがブライトンからほど近いワージントン出身のポール・スティールだ。昨年の〈フジロック〉に密かに(と言っても、しっかり3日目の〈RED MARQUEE〉に)出演していたので覚えている人も多いかもしれない。その時のライヴではバンドを従えて溌剌とした演奏を聴かせていたが、基本的にポールはすべての楽器演奏を一人でこなし、アレンジだってしてしまうマルチ・プレイヤー。ファースト・アルバム『Moon Rock』も、彼が脳内で鳴らした音がそのまま丁寧に再現されている。祖父がブライアン・ウィルソンとヴァン・ダイク・パークス、父がトッド・ラングレンで、長兄がハイ・ラマズ、次兄がスーパー・ファーリー・アニマルズ、従兄弟がミーカやポップ・リーヴァイ……といった感じのカラフルなベッドルーム・ポップスだ。みずから〈オタク〉とうそぶく男の真骨頂がここにある。

「レディオヘッドのジョニー・グリーンウッドに憧れていたんだけど、17歳ぐらいの時、ソングライティングの根本を理解できるようになって、いまのスタイルの音楽を作るようになったんだ。未完成だったビーチ・ボーイズの〈Smile〉とかを聴き込んだりして、曲作りやメロディー、構成の重要さがわかるようになった。他にはスーパー・ファーリー・アニマルズの『Rings Around The World』やルーファス・ウェインライトの『Want One』とかもアレンジを知るうえで参考になったな。アルバムに入っている“I Will Make You Disappear”は、実は僕にとって初めて書いたちゃんとした曲なんだよ」。

 昨年3月に自主制作でリリースしたファーストEP『April & I』では、まだまだ宅録ならではのこじんまりしたところを残していたが、すでに昨年には録音し終えていたというこのたびの『Moon Rock』は、プロデューサーにトニー・ホッファー(ベック、フラテリス他)を迎えたことで、サウンドの質感はより温もりを伴ったものとなり、仕上がりもグッと立体感を増している。何より、常に人工衛星が宇宙を飛び交っているこの時代に、月へと思いを馳せながら実生活と交錯させたかのような、妄想満載の独白調な歌詞がおもしろい。

「最初から明確なテーマを設けて曲を作っていたわけじゃないんだ。そもそも僕はまだ22歳で人生経験も浅い。だからいまはフィクションで曲を書くことを楽しんでいるんだよ。僕はクラブやパーティーにも行かないし、夜遊びもしない。だから内向的な曲が多い。時間を持て余しているから部屋の中でヘンなことをつい考えすぎちゃうのかもね(笑)。例えばアルバムのタイトル曲は、最初のヴァースで〈Rock〉を石として描き、次のヴァースでは音楽としてのロックを描いてみた。悪魔と踊るようなムーン・ロックだったり、僕が勝手に思いついたドラッグとしてだったりして、まあ、言葉遊びみたいな感じで作ったんだよ」。

 ソングライター、アレンジャー、ヴォーカリスト、演奏家……いろいろな〈顔〉を持つポールだが、自分では自身のどの部分をもっとも高く評価しているのだろうか。

「難しいな~。もっとも好きな作業は曲作りとレコーディング。ヴォーカル? う~ん、自分の声は特別悪いとは思ってないんだけど、曲作りをしている時は自分とは別なヴォーカルが頭のなかで回っているね。だからレコーディングしたものを聴き直すとガッカリしちゃうんだ。〈なんだ、ジェフ・バックリーっぽい声だと思っていたのに~〉って(笑)。でも、最終的に歌を差し替えるなんてことはもちろんしないけどね」。

PROFILE

ポール・スティール
UKの南部にあるワージントン出身、現在22歳のシンガー・ソングライター/マルチ・インストゥルメタリスト。大学入学後に本格的な作曲活動を開始。同時にバンドを従えて頻繁にライヴを行うようになる。2007年3月に自主制作でファーストEP『April & I』を発表。その直後にポリドール傘下のファッシネーションと契約を結び、〈フジロック〉で初来日を果たす。同年9月にデビュー・シングル“Your Loss”をリリース。しかし、同曲のチャート・アクションが奮わなかったために契約を解除される。2008年夏に自主レーベルを立ち上げ、すでに完成させていたファースト・アルバム『Moon Rock』(Ray Gun/EMI Music Japan)を発表。11月12日にその日本盤がリリースされる。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2008年11月13日 06:00

更新: 2008年11月13日 18:03

ソース: 『bounce』 304号(2008/10/25)

文/岡村 詩野