インタビュー

Jemapur


  以前、ヤン富田がヒップホップについて、〈一般的にはそれはラップ音楽のことだと思われているが、手法として突き詰めれば現代音楽や現代美術にぶちあたる〉という旨の発言をしていた。それはたぶん、現代音楽におけるテープ・コラージュの手法と同列にヒップホップにおけるサンプリングを捉えるということで、当時かなり新鮮に感じた記憶がある。で、22歳の新鋭であるJemapurの話を聞いていて、上述の発言がふと脳裏をよぎった。

「僕はヒップホップというよりも、サンプリングという発明がすごい好きで。コラージュだとか、ミュージック・コンクレートが好きなので、そういった感覚を残しつつも、スムースに気持ち良く聴ける音を追求しています」。

 Nujabes主宰のHYDEOUTからファースト・アルバム『Dok Springs』を発表し、一部から〈Nujabesのフォロワー〉という誤解を受けたというJemapur。しかし当人は「リリースするまで、HYDEOUTもNujabesも知らなかった」といい、ヤン・イェリネックを愛聴するバリバリのエレクトロニカ~音響好き。16歳の頃にはすでにSabiというアーティストとエレクトロニカ~ノイズ系のレーベル、Saagを立ち上げていた。

「〈クラシック音楽以外は認めない〉っていう家庭だったんです。ただ小学校3~4年生の頃、英会話の先生にビートルズを聴かせてもらってから、60年代や70年代の音楽、キング・クリムゾンのようなプログレも聴くようになって。で、クラシックと並行して電子音楽や現代音楽、その流れでエイフェックス・ツインなんかも聴きはじめたのが5年生の頃。その後コンピューターを使ってノイズ・ミュージックを作ったのが最初ですね。それから少しずつ形のあるものを作るようになりました。クラシックの耳で楽しめる音楽っていうのを探っていて、そこから自分ならどんな音楽を作れるか、というのを実践している感じです」。

 クラシック音楽といえば、音階や譜面を様式化していくことで発展していき、やがて現代音楽ではその様式から自由であらんと前衛&ノイズ化していったという〈ビルド&デストロイ〉な歴史が俗に語られるが、クラシック音楽一家に育ったという彼が似たような遍歴を辿ってエレクトロニカやエイフェックス・ツインに出会ったというのもおもしろい。それゆえかノイズやビート、メロディーといった要素が絡み合い、歪み合いながら展開するJemapurの音楽は、〈音にハマる〉という点においてはスモーキーな地下ヒップホップ音源にも通じるものの、そこに留まらない静謐な世界観がまた魅力的だ。ニュー・アルバム『Evacution』は、クラシック・ピアノのコラージュから、アブストラクトなブレイクビーツ曲、Megoなどのエレクトロニカへの偏愛を感じる音響もの、マイクロ・ハウス調の4つ打ち曲まで幅広い。

「サンプリング・ソースに関しては、自分が敬意を表する人からしか音を録りません。しかもそのまま流用するんじゃなく自分の音に変えて、それを作った人たちに提示したい。ピアノは自分では弾かないようにしているんです。僕の場合はビートから何から極端に短い秒数のサンプリングで作って構築するんですが、偶然性などのおもしろさを考えた時に、自分で弾いてしまうというのは全然おもしろくない」。

 最近はAUDIO ACTIVEのギタリストであるCutsighとのユニット=DELMAKでの活動もスタートし、新作でもCutsighのギターをフィーチャーした“Clarte”が収録されている。シュゲイザーばりの轟音ギターを軸にした有機的なサウンドは、プログレにも通じ、その表情豊かな音響世界からも彼の懐の深さが窺える。

「音楽を通して伝えたいメッセージは、あるといえば、あります。でもそれを言葉にしてしまうのはあまり好きではなくて、そういうことも音楽から汲み取ってくれればおもしろいと思います。(曲のタイトルは)本当は全部、無題でもいいくらい(笑)」。

 前作の反響から固定のイメージを持たれたと嘆く彼だが、レンジの広い音楽性ゆえ、今後は多様な層に受け入れられていくはずだ。まずは『Evacution』をお試しあれ。

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掲載: 2008年12月04日 05:00

更新: 2008年12月19日 14:33

ソース: 『bounce』 305号(2008/11/25)

文/リョウ 原田