土岐麻子
〈歌手〉である自身の声の魅力を最大限に活かした新作。笑っているかのように軽やかな歌声が、あなたの心を優しくタッチする
気がつけば引っ張りだこ。TVCMの歌やナレーションはもちろん、他アーティスト作品のゲスト・ヴォーカリストとしても頻繁に名前を見かけるようになった。うららかな歌声だけで勝負する潔さと静かな自信。だが、アクの強い歌などひとつもなく、ともすればBGMにさえなってしまうような心地良い歌声がいま、かえって土岐麻子の存在感を際立たせている。
「Cymbalsが安定してきてから、もっといろんなタイプの曲を歌いたいという気持ちが強まってはきていたんです。歌のおもしろさみたいなものがわかってきたんですね。で、ソロになってからも最初はジャズのスタンダードのカヴァーを歌ってみたりしたんですけど、まだそれでも聴いてもらえる人に聴いてもらえればいいって思っていて。でも、いまはお茶の間で流れていても馴染めるような歌手でありたいですね」。
〈ミュージシャン〉や〈アーティスト〉ではなく、みずから〈歌手〉と名乗る彼女。ニュー・アルバム『TOUCH』は、作り手としてのエゴイズムを放棄し、広く親しまれるシンガーとしてのあり方を明確に提案したような一枚だ。歌詞こそ自身で手掛けてはいるものの、共同プロデューサーでもある川口大輔や奥田健介(NONA REEVES)、岸田繁(くるり)らが楽曲提供。堀込泰行(キリンジ)とのデュエット曲ではあくまで肉声によるハーモニーの良さを伝えている。それはまさに、作曲者/演奏者/歌い手が分かれていた時代のポップスの良き姿を伝えているかのようだ。
「いまはわかりやすい言葉やメロディーで伝えていきたいんですよね。聴いてくれた人と〈同じ画〉を共有できるように。だから、曲を書いてくれた皆さんにはリフとかがハッキリわかるような曲を頼んだりもしました。たぶん、CMの仕事をたくさんしてきたことで自分の声を客観的に聴けるようになったというのが大きいのかもしれません。CMのお仕事は映像の世界に自分の歌を合わせていくことが必要となってきたりするんですけど、〈ああ、自分の声は案外暗いんだな〉とか〈はっちゃけて歌っても大丈夫なんだ〉とか、そういうことに気付くようになったんですよね」。
カギはわかりやすさと親しみやすさ。先行シングルとなった某アパレル・メーカーのTVCMソング“How Beautiful”などを聴けば、半分笑いながら鼻歌を歌っているかのように肩の力が抜けた、彼女の素顔が感じられるだろう。〈歌唱力たっぷりの歌い手だけが巧いわけではない〉とでもいうような彼女の主張がそこにある。
「それはたぶん、よりリラックスした状態で歌えるようになったからかもしれないです。前は歌うことに身構えていたというか、普段の生活と歌を歌うことを分けていたんですけど、いまはひとつに繋がっているんです」。
▼土岐麻子が参加した作品を紹介。
▼土岐麻子の作品を紹介。
カテゴリ : インタビューファイル
掲載: 2009年01月15日 15:00
更新: 2009年01月15日 17:47
ソース: 『bounce』 306号(2008/12/25)
文/岡村 詩野