インタビュー

Madeleine Peyroux

苦悩に満ちた挑戦でいくつもの夜を超え、彼女は自分の歌を手に入れた。漆黒の向こう側でマデリン・ペルーが紡ぎ上げた新たな物語とは?


  サード・アルバム『Half The Perfect World』のプロモーションを2008年半ばに終えた後、マデリン・ペルーはツアーに出ることなく、隠遁状態に近い生活を送り、曲作りに没頭した。彼女の心にあったのは〈オリジナル曲だけでアルバムを作りたい〉という長年の夢。書棚から昔読んだ本を取り出しては読み返し、観逃していた映画をリストアップしては映画館に足を運んだり、DVDで観たりしたそうだ。それらの時間は、「エキサイティングでありつつ、どこか怖さも感じたけれど、すべての要素が曲作りへの扉を開いてくれた」と語る。

 そして、通算4枚目となる彼女の新作『Bare Bones』は、隠遁生活を送った成果からすべてがオリジナルの曲となった。好評だった前作よりもブルージーでまったりとした雰囲気を放ちつつ、歌と演奏はよりナチュラルになっている。まるでライヴハウスで聴いているような親密さが全編に漂い、それがまた心地良く感じられるのだ。

「私のなかにあったアルバムのヴィジョンは、〈ボブ・ディランっぽい感じで即興を重視した作品〉というもの。だから、ミュージシャンには事前に何も渡さないで、私がスタジオで曲を聴かせた後にいきなり演奏するっていう方法でレコーディングしたの。そのレコーディングも基本的にはライヴ方式で、全員がいっしょに演奏を楽しんだわ。まさに自由な空気のもとで制作することができたアルバムよ」。

 プロデュースは前2作同様にラリー・クラインが担当。彼はジョニ・ミッチェルの作品で手腕が認められ、最近はマデリンやメロディ・ガルドーといった若いアーティストを手掛ける機会の多いプロデューサーである。マデリンにとっても、進むべき道へと正しく導いてくれる、頼れる存在だ。

「私はソングライティング、とりわけ歌詞に凄く時間をかけるタイプで、必要以上に手を加えてしまうことが多いの。そんな時にラリーは的確なアドバイスをしてくれるし、自信を持たせてくれる。私にとって、それはとても重要なことなのよ」。

 その歌詞は、彼女の経験をもとにしながらもストーリーテリングな作風とフィロソフィカルな佇まいから、人生の一場面を切り取り、その瞬間の静止画を連続して見せられているような錯覚に陥るほど、イマジネイティヴな魅力に溢れている。その背景には本や映画の影響も見え隠れしているが、なかでも興味深いのはアルバムのタイトルにもなり、ハムレットやヨーリックが登場する“Bare Bones”だ。

「完成するのにいちばん時間がかかった曲で、トータルで考えると1年は費やしたわ。まさにアルバム制作と共に歩んだ曲だと言えるわね。〈Bare Bones〉というのは仏教系の哲学書に出てきた言葉で、〈人生の善し悪しは見栄えではなく、もっと人間の根本に存在するもので決まる〉と説いていて、そこに〈Bare Bones〉という言葉が使われていたのよ。それを読んだ時に、貧しかった幼い頃を思い出したの。物質的には恵まれていなかったけれど、人生に必要なのは豊かな物資ではなく、しっかりとした生き方そのものだと改めて思ったのよね。そんな思いを託した曲よ」。

 こういった考えに基づいたポエティカルな歌詞が〈女性版レナード・コーエン〉という称賛を生んでいるのだろう。彼女自身は自信がないということを強調するが、それは単に発展途上にあるがゆえのこと。可能性を秘めた原石は、ラリーや共作者らの手を借りながら丁寧に磨かれている。今回の『Bare Bones』は、それを強く感じさせる作品になっているのだ。

▼マデリン・ペルーの作品。

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掲載: 2009年03月19日 19:00

更新: 2009年03月19日 19:50

ソース: 『bounce』 307号(2009/2/25)

文/服部 のり子