インタビュー

大橋トリオ

  仕立ての良いシャツにパンツ、シルクハットを被り、長髪に髭。そして落ち着いた佇まいと淡々とした話し口調――そんなちょっとユーモラスで粋な男が奏でるのは、やっぱりちょっと粋でモダンな、でも間口の広いポップ・ミュージック。洒落っ気のあるスマートで寡黙な演奏が、みずからの朴訥とした歌を交えて人懐っこいメロディーを牽引する様子は、まるでビル・エヴァンスがシンガー・ソングライターに挑戦したような、ありもしない風景を妄想させる。それが音大でジャズ・ピアノを学んだ経歴の持ち主で、さまざまな楽器をこなすマルチ・プレイヤーである大橋好規のソロ・ユニット=大橋トリオの音楽だ。

 「もちろん、ジャズが好きなのでジャズ・トリオから名付けたわけですが、最初からひとりでいろんな楽器をやるというスタンスでした。僕は別にジャズをやりたいわけじゃないんです。ジャズをより一般化したいという思いはあるかもしれませんけど」。

 大橋トリオとしての作品は今回のニュー・ミニ・アルバム『A BIRD』を含めて3枚だが、他にもわれわれはすでにさまざまな場で彼の楽曲や演奏を耳にしている。本名の大橋好規名義で数々の映画音楽を手掛け、小泉今日子のアルバムへの楽曲提供やCMソング制作も経験し、ライヴやイヴェントへの出演も少なくない。だが、どんな場においてもジャズを出発点とする自分のスタイルをそっと見せながら、彼は開かれた姿勢を肩肘張らずに飄々と提示してきた。

 「今回のミニ・アルバムの内容は、もしかすると100%僕の好みじゃないかもしれない(笑)。つまり、好きなものだけをやるんじゃなくて、自分にフィットした曲をやっているというか、大橋トリオでやることをプロデュースしている意識があるんです。曲を書く時も、降りてくるのを待つとかじゃなくて、ピアノなりギターなりに向かって〈さあ、作るぞ!〉って感じで」。

 これまでの作品でも自身の歌を聴かせてきたが、今回はヴォーカルがメロディーに無理なく寄り添ったポップな楽曲が多い。あからさまにサビを強調して聴き手の意識に訴えかけたり、共感を強要するような展開はひとつもないのに、気がついたらその旋律のスパイラルのなかに吸い込まれ、巻き込まれているような、そんなさりげない毒性を孕んでいるのが大きな魅力だろう。そして、そのほとんどが大橋自身の手で鳴らされていることには何度聴いても驚きを隠せない。

 「どの楽器がいちばん自分に適しているかって考えたことがないというか、〈これがいちばん〉ってないんですよ。ピアノにこだわっているわけでもなくて、ライヴではギターが中心だし。楽器主体じゃなく、あくまで自分の頭のなかで曲ごとの世界が明確にあるってことなんですよ。だから、その世界を誰か他のミュージシャンに伝えるのも大変。それなら自分で演奏して録音したほうが早いって思ってしまうんです。まあ、自分の想像を超えた何かを見せてくれるような海外のミュージシャンとなら、いつかはやりたいですね。ただ、僕は曲作りをしながらアレンジも施し、録音も行い、プロデューサーでもあるし、ミックスまで自分で同時にやるんで、これを誰かと対等にやれるのかな?って思ったりしますけど(笑)」。

 ポップではある。が、勢い一発で作ることを避けたような完成度の高い仕上がりからは、精緻な作業だけは譲れないという頑固さも窺える。部分的にスティーリー・ダンあたりの作品を想起させたりもするように、AOR~フュージョンの持つしなやかさと弾力が彼の作るサウンドの肝。実際、大橋自身の歌はマイケル・フランクスに似ていると言われることがあるという。

 「確かにAORっぽさはありますよね。AORもジャズが基本にあるわけだし。でも正直、自分の歌い手としての資質はいまも半信半疑なんです。最初は歌いたくて歌ったわけじゃなかったから。ま、ようやく自分の声にも慣れてきたくらいなんでね」。

PROFILE

大橋トリオ
映画やCM音楽などを手掛ける大橋好規のソロ・ユニット。2004年の映画「この世の外へ クラブ進駐軍」でピアノ演奏/ビッグバンド・アレンジを担当し、同年に鍵盤奏者として半野喜弘率いるLido Ensembleに参加。2006年に映画「colors」、2007年に「BAUMKUCHEN」のサントラを手掛ける。その後大橋トリオとして2007年にファースト・アルバム『PRETAPORTER』、2008年に『THIS IS MUSIC』をリリースして注目される。一方でインスト作品『borderless』の発表や小泉今日子などへの楽曲提供、映画「ジャージの二人」「余命一ヶ月の花嫁」の音楽を担当したことも話題となるなか、メジャー移籍後初のニュー・ミニ・アルバム『A BIRD』(rhythm zone)をリリースしたばかり。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2009年05月28日 17:00

更新: 2009年05月28日 17:38

ソース: 『bounce』 310号(2009/5/25)

文/岡村詩野