TYONDAI BRAXTON
例えば、このアルバムはポップ・ミュージックの進化を頭打ちに感じていた人には大きなインスピレーションになるだろうし、一方で、ポップ・ミュージックの現在にそれほど明るくないクラシック音楽ファンには新たな出会いをもたらすかもしれない。いや、回りくどい言い方をする必要もないだろう。少なくとも、筆者は今年いちばんの衝撃の一つであり、 2000年代最後の衝撃であると断言する。一切の躊躇や留保なしに。
そう、バトルスのタイヨンダイ・ブラクストンによるセカンド・ソロ・アルバム『Central Market』。ここには7年前に発表された初のソロ作品『History That Has No Effect』やバトルスでの活動で得た手応えにほとんど頼らず、それでも新たな到達点を希求するタイヨンダイのひたむきな姿があり、さらにはシェーンベルクやその弟子筋でもあるジョン・ケージ、ストラヴィンスキやリムスキ・コルサコフあたりまでリスナーの〈聴欲〉を遡らせてしまうような、音楽史の大きな流れも見える。即興音楽界の重要人物であるアンソニー・ ブラクストンを父に持ち、ハートフォードの音楽学校で音楽理論や作曲法、オーケストラ・アレンジを学んだこともあるという彼が、本領を発揮した一枚とも言えるだろう。
「アルバムの4曲目“Platinum Rows”がスタート・ポイントだった。そこから頭のなかで、たくさんの人がいっしょにプレイしているところをシミュレーションしたんだ。そして、納得のいくサウンドが出来ると小さな一括りのループにして何層にも重ねていき、それをオーケストラナイズしていくって具合にね。で、そうやって創作している最中に、自分がどれだけオーケストラ音楽やクラシック音楽に魅了されているかに気がついたんだ。音楽学校に通っていた頃の僕は、クラシックよりもエレクトロニック・ミュージックのほうにずっと深い興味を持っていた。でも、いまは当時学んだ知識をより深めて、自分自身を表現していきたいと思ってるよ」。
ジョニー・グリーンウッド(レディオヘッド)が手掛ける映画サントラ『There Will Be Blood』にも全面参加したNYの若手管弦楽団、ワードレス・ミュージック・オーケストラと組んだ本作は、おそらく〈モダン・クラシック・シーンに斬り込んだ作品〉として評価されることだろう。だが、重要なのはそこからタイヨンダイが何を発信しようとしているのかだ。そして想像するのは、音楽そのものを音階や旋律から一度解放し、再構築していくことへの喜びや醍醐味を彼は求めているのではないか、ということ。それが音楽をプログレスさせていくためにもっとも必要なものであると自覚しながら。
「それは最高の意見だね。実際にこのアルバムの曲を書いているとき、サウンドが昔のクラシック音楽のフォームを突破して、何らかの改革みたいなものが起こっているような気がした。クラシック音楽を再構築したとまでは決して言わないけど、他のクラシック音楽とは違う輝きを放っているのは間違いないよ」。
アルバムの後半にはバトルスでの経験を活かしたバンド・サウンドも飛び出してくる。ポップ・モダニズムとしてのタイヨンダイが視野に入れるエリアは、ひたすら前を向くだけでは得られない、前後左右360度だ。
「もちろん、いままで僕が作ってきたようなエレクトロニック・ミュージックを否定する気はない。最近だとアニマル・コレクティヴやグリズリー・ベアの新作も気に入ってるよ。要は自分が興味を持っているすべての音楽を繋ぎ合わせたいんだ。僕はあらゆる音楽をニュートラルにするためのブリッジになりたい。例えば今回のアルバムだと、クラシック音楽も魅力的で意欲をそそられる音楽であるということを証明したいんだ。クラシックだってモダンなフィーリングを持っているということを伝えたいのさ」。
PROFILE/タイヨンダイ・ブラクストン
コネチカット出身のマルチ・プレイヤー。サクソフォニストのアンソニー・ブラクストンを父に持ち、幼い頃から音楽に親しんで育つ。9歳で曲作りを始め、その後ハート音楽院に入学。98年にジョン・ゾーンとのライヴ盤『11.7.97 Live At The Wesleyan University Campus Center』を発表。2002年にファースト・ソロ・アルバム『History That Has No Effect』をリリース。翌年にイアン・ウィリアムズらとバトルスを結成。そこではギターとヴォーカルを担当し、これまでにEP2枚とアルバム1枚を発表。並行してサヴァス&サヴァラスやボーズ・オブ・カナダらの作品に参加し、話題を集める。このたびセカンド・ソロ・アルバム『Central Market』(Warp/BEAT)をリリースしたばかり。