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インタビュー

USHER 『Raymond V Raymond』

 

自分との闘いに終わりはない──赤裸々な言葉を先端のサウンドに搭載したニュー・アルバムの登場だ!!

 

「このサングラスはコーディネイトの一部なんだよ」。アトランタの伝説的なパッチ・ワーク・レコーディング・スタジオにて、「瞳を見せてほしい」との撮影隊のリクエストに対して応戦するアッシャー。「次のセットでは取るから」と言った通り、場所を変えた途端、大袈裟にサングラスを外して〈どう?〉とばかりあのアッシャー・スマイルを炸裂させる。相変わらず、全方位的なスター・オーラを放ち、めちゃくちゃセクシーだ。

94年のセルフ・タイトル・アルバム以来、7枚目となる『Raymond V Raymond』は、〈自分対自分〉というテーマを持つ。

「前作を作っていた時期、もしくはそれ以前も含めて、自分に対峙するときのことを歌っている。自分が抱えている問題や、さまざまな責任から逃げることだってできるけれど、それを鏡に映る自分に向かって問いただすような内容なんだ」。

内容は、大統領就任コンサートやマイケル・ジャクソンのお葬式で歌った〈国民的歌手〉にしてはスキャンダラス。“Fooling Around”では浮気の心苦しさを歌いながらも、“Lil' Freak”あたりでは全力で誘惑を仕掛けている。

「真実こそ、自分を解放する鍵。正直になるしかない」と、USだけで1,000万枚(!)売った2004年の『Confessions』から言い続けてきた人である。作詞をする時の心構えだけでなく、生き方そのものに「正直さ」を課してきたアッシャーにとって、奥さんと2人の子供を持ちながらも、以前からのライフスタイルを捨てきれないのは相当に歯がゆかったらしく、離婚することで決着をつけた心情がそこここで聴ける。ただし、だ。

「80年代に離婚をテーマにした〈クレイマーVSクレイマー〉を引き合いに出して、この作品が離婚に焦点を絞っていると思っている人もいるみたいだけど、違うんだ。結局のところ、みんな自分自身と対決して結論を出さないといけないのが現実ってこと。自分には嘘はつけない。真実を知っているわけだからね」。

ほとんどのスターが持っているオルター・エゴがない人でもある。つまり、私たちが知っているアッシャーと、アッシャー・レイモンド本人の間にあまり隔たりがないのだ。

「仕事をするにあたって、さまざまな役割を果たさないといけないから、場合によっては二面性、多面性を持つけれど、オルター・エゴはない。というか、作れないタイプなんだ。大好きなステージに上がる時と、慈善事業をしている時、子供といっしょにいる時……すべてが俺にとっての現実で、その対比や軋轢を音楽にしている」。

とはいえ、大人の男性としての宣言であった『Here I Stand』のヘヴィーな仕上がりと比べ、『Raymond V Raymond』はテーマがシリアスなわりにはアップテンポでダンサブルなナンバーが多く、勢いがある。現在ヒット中の“OMG”は、ウィル・アイアムがブラック・アイド・ピーズのカラーを活かしつつ、ちょいカニエ的な要素を採り入れてアッシャーのためにカスタム・メイドしたトラックだ。

「トラックを聴いて、20分くらいで歌い切って送り返した、全体のトーンも、曲のキーも完璧ですごく歌いやすかったから、さらに感情を込めて歌った」と本人が言うように、天才シンガーのアッシャーにとってはハードルが低かったようだが、だからこそ、彼のモンスター級の歌唱力がじわじわと効いてくる。

ウィル・アイ・アム以外のゲストは、ニッキー・ミナージ、リュダクリス、T.I.にディディ。「自分のサウスの寛いだ人間関係のなかで尊敬する人たちと仕事をしつつ、新しい才能を紹介するのも忘れなかった」と、人選のポイントを話すアッシャー。

新しい才能と言えば、いまUSで当たりまくっている弱冠16歳のジャスティン・ビーバーの可能性をいち早く見抜き、契約を取り付けたのも彼だ。ジャスティンよりもっと若い年からこの世界に生きてきたアッシャーだからこそ、次なる目標は大きい。

「ポップカルチャーを超えるような音楽を作りたい。自分たちが知っている世界を、音楽を通して変えていきたいんだ。例えば、マーヴィン・ゲイは“What's Going On”で当時の世相を切り取ったし、同様にビートルズも見事にその瞬間を音楽にした。文化を越えて、人々にある方向に行くように諭したわけだね。そういうことは、俺にとっても大事なんだ」。

アッシャーはたぶん、21世紀のマーヴィン・ゲイをめざしている。そして、それは大それた目標どころか、半分以上達成してさらに大きな存在へと移行している最中なのだろう。その軌跡を記録した『Raymond V Raymond』は、個人的な離婚劇以上に、時代の気分を伝える作品なのだ。

 

▼『Raymond V Raymond』に参加したアーティストの関連作を一部紹介。

左から、ブラック・アイド・ピーズの2009年作『The E.N.D.』(Interscope)、リュダクリスの2010年作『Battle Of The Sexes』(DTP/Def Jam)、T.I.の2008年作『Paper Trail』(Grand Hustle/Atlantic)

 

▼アッシャーの過去作を一部紹介。

左から、2001年作『8701』(LaFace/Arista)、2004年作『Confessions』、2008年作『Here I Stand』(共にLaFace/Jive)

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2010年06月08日 21:00

更新: 2010年06月08日 21:13

ソース: bounce 320号 (2010年4月25日発行)

インタヴュー・文/池城美菜子