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インタビュー

宇多田ヒカル 『Utada Hikaru SINGLE COLLECTION VOL.2』

 

その一挙手一投足に世間の目が注がれるなか、彼女は来年から無期限の活動休止を発表した。その大きな決断に至るまでの真摯な気持ち、そして休止前最後の作品で彼女が表現したかったこととは?

 

 

ここでちょっと息継ぎしなきゃ

今年8月、突然宇多田ヒカルは自身のオフィシャルHP上で〈来年からしばらくの間、アーティスト活動をお休みします〉、と報告した。デビュー以来約12年間、常に日本の音楽シーンのトップにいた彼女に、いったい何が起こったというのだろう。

「実は私の母が28歳の時に芸能界を引退してるっていう話を聞いて、〈へぇ~そうだったんだ〉〈知らなかった〉って驚いたんだけど。私の場合は〈引退〉じゃなくて、ちょっとこう……水泳で言うと〈ここでちょっと息継ぎしなきゃ〉っていう感じなんだよね。人間、得意なことばっかりやってても成長ってないんだよね。実際、できないこともやっていかないと、いくら得意なことができても世界がどんどん狭くなっちゃって発展しないじゃない? ま、私の場合はスタッフのサポートがないなかで自力で生活したり、ちゃんと人と関わったり、そういうことをしていかないとダメかなあって思ったの」。

自分を取り巻く状況が大きくなればなるほど、関わる人たちが増えれば増えるほど、宇多田ヒカルの行動や言動は、良い意味でも悪い意味でもさまざまな事柄に大きな影響を与えてしまう。もちろん、彼女はそんなこと十分に理解したうえで〈休む〉という決断をした。

「いままで私がこうしたいってことに対して、マネージャーでもある父も周りのスタッフも基本的にはいつも私をサポートしてくれてたのね。私の意思でやっているんだっていうのをすごく尊重してくれるので。ただ、今回の決断がいままでの感じと大きく違うは、私もちゃんと自分の行動が何を意味するのかということを含めたうえで、もっと先のことを見ての決断だったの」。

今年いっぱいは精力的に音楽活動をすると決めた彼女は、今回リリースされたベスト・アルバム『Utada Hikaru SINGLE COLLECTION VOL.2』のなかに、この6年間に発表したシングル曲だけではなく、〈いまの自分が言いたいこと〉を歌詞に刻んだ新曲を入れることにした。自分が生きてきた27年間を振り返り、彼女は自分自身と真正面から向き合いながら新曲の歌詞を書いた。まず新曲5曲のなかで最初に取り組んだのは、自身が出演したCMで歌っていた“Hymne a l'amour ~愛のアンセム~”。この曲はフランスのシャンソン歌手、エディット・ピアフの名曲〈愛の賛歌〉のカヴァーだが、彼女は歌詞の後半を訳詞した。

「もともとピアフの曲は普段からよく聴いてたんだけど、何で私がピアフを好きかって言ったら、私の母親に似ているからなのね。声が持ってる悲しさも似てると思うし、キャラとかも被ってるし、何かピアフの歌詞みたいなことを母親が言いそうなんだよね。で、訳詞している時にどんどん母親とピアフがダブってきて、その歌詞を私が歌うことによって私が自分の母親と同化するみたいな感じになってきちゃって、すごい泣きそうになっちゃって。母親がこの歌詞を歌っているような気持ちにさえなってきちゃったの。うん。今回の新曲はそこから始まったんだよね」。

 

自分に辿り着くプロセス

そして、“嵐の女神”ではまず自分の母親を受け入れることができなければ、自分を受け入れることなんてできないと、彼女は母親と向き合った。

「この曲って、5曲のなかでいちばん最後に歌詞を書いたのね。“嵐の女神”って結局、母親の歌じゃない? うん。今回は〈愛のアンセム〉で始まり、“嵐の女神”で終わった。それもつまり、ちゃんと自分に辿り着こうとしているプロセスだったんだなって思った。で、期間限定のTwitterで〈最後の1行が出来ない〉って書いてたのって、実は“嵐の女神”のことだったのね。いちばん最初の構想ではそこの部分に思い描いていたものがあったから、歌詞を書かなきゃって一生懸命考えていたんだけど、それ自体が勘違いだったのかなと思って。何とでも書けたのかもしれないけど、結局そこの歌詞は書かなかったの。でも、実際そのほうがイイ曲になった」。

また、2曲目“Show Me Love(Not A Dream)”の歌詞にある印象的な言葉は〈自分〉だろう。〈自分を認める〉〈自分でしか自分にしてあげられない〉——宇多田ヒカルが、〈私〉ではなく〈自分〉と歌詞に書くのはとても珍しい。

「この曲だけに限らないんだけど、今回の新曲って全部自分に対して言ってるんだよね。私が私に対して言ってる感じがファースト・アルバムっぽいのかもしれない」。

3曲目“Goodbye Happiness”は、彼女いわく「ちょっと90年代風のダンス・ミュージック」。

「ヘンに凝ってなくて、普遍的なものにしたかったのね。結局、個性っていろんな時期にいろんなことをやって、みんな自分の個性を探るじゃない? それはミュージシャンじゃなくても。ファッションだろうが何だろうが、個性を出そうとしてアピールしたり、他とは違うことをやってみたりするんだけど、ホントの個性って若いうちってあんまり出ないというか。大人になってからだんだん個性ってもんは出てくるんだと思う。何でかって言うと、ホントの個性っていうのは普遍性のなかでしか見い出せないものだと思うんだよね。この曲はアレンジもメロディーも結構王道で普遍的なんだけど、そのなかに〈私〉っていう個性がちゃんと出てくれれば実験成功かな」。

Disc-2の最後は、宇多田ヒカル初のクリスマス・ソング“Can't Wait 'Til Christmas”。

「何か季節的なものっていままでやってなかったんだけど。何かね、今回はやりたかったの。うん。いままであんまり出してないようなタイプの曲も、いまなら書ける気がするって思ったんだよね」。

彼女は過去の自分も現在の自分も未来への希望も、しっかりと新曲に刻んだ。ここから切り拓いていく道を自分の足で歩くために。そして、これからも自分の音楽を届けるために。だって、彼女には宇多田ヒカルの歌を待っていてくれる人たちがいるのだから。

 

▼関連作を紹介。

宇多田ヒカルのベスト盤『Utada Hikaru SINGLE COLLECTION VOL.2』(EMI Music Japan)

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2010年11月24日 18:00

ソース: bounce 327号 (2010年11月25日発行)

インタヴュー・文/松浦靖恵 撮影/藤井 保