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インタビュー

これまでの作品から紐解く、宇多田に惹きつけられる理由

 

本には〈行間を読む〉という言い方があるが、言うなれば彼女は行間を歌えるシンガーだ。歌声の根底に常に横たわるあの独特の〈憂い〉は、歌詞にしていない(できない?)感情の表れだろう。気持ちを吐露しきれないもどかしさがブレスやヴィブラート、ファルセットといった声の表情となり、それがむしろ奥底にしまった言葉をあぶり出すような……。とりわけ『First Love』『Distance』といった初期作品では、そうした声の表情に耳を惹かれるのだが、それはきっと言葉で語る以上に歌が饒舌だった証。心の奥をどこまで公開したら良いのか、まるで自問自答するような内面に向かっている不器用なリリックだからこその、行間が色濃く表れたヴォーカルが胸を打つのだ。

そして『Deep River』あたりからは、小説のような奥深さがある表題曲、ですます言葉がキャッチーな“traveling”など、どこか言葉が解き放たれた感があり、グッと歌詞に惹きつけられる。続く約4年のインターヴァルを経て発表された日本語アルバム『ULTRA BLUE』では、〈車掌さん〉や〈お嫁さん〉などに呼びかける庶民的な歌詞が印象に残る“Keep Tryin'”をはじめ、〈伝えたい〉という思いが明確な外に向けたメッセージが浮き彫りに。またNHK「みんなのうた」の可愛らしい名曲“ぼくはくま”も収録された『HEART STATION』でその傾向は一層強くなり、聴き手との距離がさらに縮まった感がある。

宇多田ヒカルは行間を歌える類稀な才能とセンスを持った歌い手であると共に、皆と共有できる日常の視点を持った、どこか不器用で人間臭いネエちゃんでもある。約10年の歩みを辿り、その唯一無二な魅力を再確認した。

 

▼宇多田ヒカルの作品を紹介。

左から、99年作『First Love』、2001年作『Distance』、2002年作『DEEP RIVER』、2006年作『ULTRA BLUE』、2008年作『HEART STATION』(すべてEMI Music Japan)

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2010年11月24日 18:00

ソース: bounce 327号 (2010年11月25日発行)

文/岡部徳枝