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インタビュー

桑田佳祐 『MUSICMAN』

 

待ってました! やはり日本のポップ・シーンにはこの人がいないとダメなんだと、痛烈に感じさせるソロ作。強さも弱さも携えた、人間味溢れる歌に心震わせて……

 

もう一度〈気持ち〉で音楽に接したい

昨年大晦日の〈NHK紅白歌合戦〉。紅白の垂れ幕をバックに、羽織袴姿で久々に人前に姿を現した際のパフォーマンスを、固唾を呑んで見守った人も多いことだろう。あの時、ビクター青山スタジオからの中継で披露された曲は2曲——“それ行けベイビー!!”と、すでにシングルとして発表されていた“本当は怖い愛とロマンス”。確かに第一印象、ちょっと痩せたかなと感じた。が、ラフで無造作なエレキ・ギターのカッティングだけで聴かせる“それ行けベイビー!!”が始まった途端、たちまち画面に引き込まれていった。澱みのまったくない言葉と歌とパッションに満ちたメロディーが直球で響いてくるそのナンバーには、初期のボブ・ディランを思い出させるような〈素の迫力〉があったからだ。

「病気がわかる前から……この5年くらいですけど、〈僕は音楽をやってるんだ!〉という熱意とかノリとかをまた取り戻したいというか、リフレッシュしたいという思いがあったんです。ここ数年、どうも手元で作ってしまうようなところがあるっていうか、歌っていてエクスタシーを得られるような感覚が稀薄な感じもしてね。もう一度〈気持ち〉で音楽に接していく感じを得たかったんです。もっと、無駄なことはいらない、捨てようって気持ちになっていたというかね。だから今回のアルバムは、狭いリハーサル・スタジオにバンド・メンバーと入るところから作業を始めたんです」。

桑田佳祐、(2月26日をもって)55歳。昨年夏に病気を発表、手術を無事に終えて戻ってきたばかりだ。だが、〈音楽人間〉としての盛りは、キャリア30年を超えたまさにいまこの瞬間かもしれない。そんな確かな手応えを実感できるほど、ニュー・アルバム『MUSICMAN』は音楽家としての彼のパッションがストレートに伝わってくる力作だ。〈自分はこんなにも音楽が好きなんだ!〉という瑞々しいパッションが――。

ちょっとだけ個人的な話をさせてもらおう。78年に発表されたサザンオールスターズの初作『熱い胸さわぎ』は、当時小学生だった筆者がお小遣いを貯めて買ったいまもお気に入りの一枚だが、あのアルバムからはさまざまな音楽を学んだ。US南部のいなたいルーツ・ミュージックをユーモラスに採り入れる様子は、例えば細野晴臣がトロピカル三部作などで独自に消化し、表現してきた世界とはまた違う、もっと無邪気なものだったかもしれない。だが、ドクター・ジョンもリトル・フィートも、サザンと桑田の作品のフィルターを通すと、よりいっそう人間味溢れる音楽となって伝わってきた。

「僕は咀嚼なんてしてなかったですからね。ほとんど丸呑み。好きな音楽を丸ごと呑み込んじゃってた(笑)。いまもそうかもしれない。細野さんとかティン・パン・アレイ周辺の方々やムーンライダーズとかは、実は当時ほとんど聴いてなくて、すごいなあと思ったりしたのも本当にデビューしてからなんですよね。でも、『熱い胸さわぎ』は僕もいちばん好きです。出してしばらくした頃は〈ちょっとやり過ぎたかな?〉と思ったし、ダサいなと思ったりもしていたけど、いま聴くといいんですよね。あの粗さが新鮮だし、いまなかなかあれをやろうと思ってもできないですからね」。

大学在籍中に音楽シーンのど真ん中に飛び込み、以降常にトップランナーとして無我夢中で突っ走ってきたゆえ、録音技術などは活動していくなかで学んでいったという。90年代にはエルヴィス・コステロやロス・ロボスなどの作品で注目を集めたミッチェル・フルームの仕事やレニー・クラヴィッツの持つヴィンテージ感覚にも影響を受けたという。だが現在の桑田は、すでにあらゆる体験が十分血肉となっている自身の身体をそのままぶつけてくる。『MUSICMAN』は、強さも弱さも知る55歳の桑田佳祐が投影された作品だ。

「例えば下手なギターでも伝わるものがあればいいんですよね。歌詞にしても字余りでも言葉がちゃんと生きていればいいし。だから今回は、いつもと同じく曲を先に書いたんですけど、気持ちは〈詞先〉のつもりでした。だから、必要以上にアレンジにこだわったりもしなかったんです。それよりも自分の言葉で伝えることを考えました。と同時に、今回は制作の途中から〈歌い手さん〉に徹しようと思ったりもしました。もちろん、今回も自分で作詞をしてるんですけど、他の誰かに歌詞を書いてもらったんだ、くらいの新鮮な気持ちで歌ってみたんですよね。それが今回のアルバムのエネルギーになったのかもしれないですね」。

 

いまの自分が書ける言葉

もちろん、今回のアルバムも曲調のヴァリエーション自体は豊富で、なかには驚きのデジ・ロック風なんかもある。だが、基本的には桑田が長年養ってきたルーツ音楽指向が素直に表出されたようなアレンジが多い。ホーンをふんだんに採り入れたり、コーラスやハーモニーを活かした仕上がりも、曲を装飾するための手練手管ではなくすべては彼のルーツの一端であり、肉体の一部だ。だからもちろん、この作品にはビートルズもいればドクター・ジョンもいる。そういう意味では『熱い胸さわぎ』と同じ〈丸呑み感覚〉のエモーションが、ここにも変わらず息づいていると言っても良いのかもしれない。

「今回は自分のDNAにある日本人としての部分をより強く出したかったんですよね。やっぱり僕は日本人とポピュラー・ミュージックの関係というのを考えてしまう。つまり大衆音楽、歌謡曲の良さみたいなものが好きなんですよ。日本のマーケットで日本語の音楽でみんなを楽しませたりするようなことが好きなんですよね。そう考えると、いまの自分が書ける言葉を素直に出していきたい、という思いがどんどん強くなっていって。だから、ドルが250円くらいの時期のアメリカ西海岸に憧れていた元気溢れる10代、20代の僕じゃなくて、55歳の僕が出たんじゃないかと思うんですよね。政治風刺みたいな曲もありますけど、20代、30代にはなかった悩みをそのまま歌にしてやれという思いもありました。いまいちばん興味があるのが自分だったりするからなんですよね」。

黄色がラッキー・カラーと言われれば気にしたりもするし、家族といっしょにまめにお墓参りもする。ふらりと映画を観に行ったり、コンピューターはあまり得意じゃないから変わらず家のステレオでCDを聴く、どこにでもいる55歳の日本人男性である。だが、いまの桑田はそんな自分をすごく大切にしているのではないか。全17曲入りと大作に仕上がった『MUSICMAN』から滲み出てくるのは、大御所然とした現実からは見えにくいそんな素顔だ。しかし、それでも考えるという。ふと、街中で見かける女の子が自分の新曲をどのように聴いてくれるのだろうか?と。

「美空ひばりさんって52歳で亡くなっているでしょ? その一方で、ディランとかニール・ヤングとかはいまもカッコ良くて。あの渋味に憧れるんですよ。正直言って、ああいう感じを表現したいという思いはあるんです。でも、自分はAKB48とかといっしょの土俵でやっているんだという意識もあるんですよね。例えば、僕のアルバムを車の中で聴いてくれる人もいるだろうし、イヤホンを片方ずつ耳に入れてるようなカップルもいるでしょ? みんながみんな良いオーディオで聴いてるわけじゃない。どんな環境でも楽しめるような音楽でありたいなと思います。ちゃんと聴かなきゃわからないような音楽じゃダメだなって」。

 

▼『MUSICMAN』の先行シングルを紹介。

左から、“君にサヨナラを”“本当は怖い愛とロマンス”(共にTAISHITA)

 

▼関連盤を紹介。

サザンオールスターズの78年作『熱い胸さわぎ』(TAISHITA)

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2011年02月16日 18:01

更新: 2011年04月06日 20:21

ソース: bounce 329号 (2011年2月25日発行)

インタヴュー・文/岡村詩野

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