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インタビュー

sleepy.ab 『Mother Goose』

 

夢のように見えて現実でもある、ブライトなようでダークでもある、開いているけど閉じてもいる——さまざまな狭間を漂う未知なる世界へ、ふたたびお連れします

 

 

変わりたい部分はすごくあった

sleepy.abはその誕生当初から明確なコンセプトを持ち、詩的イメージの方向性も鋭く研ぎ澄ました、完成されたバンドであった。ヴォーカル/ギターの成山剛が常々語る〈眠るための音楽〉というのがそれで、ゆったりと流れるリズムとドリーミーなサウンドに乗せて、叙情、哀感、懐古、戦慄などの感情をシュールレアリズムの絵画の如く奔放に展開しつつ、最終的に良質なポップ・ミュージックへと着地するという安心感を積み重ねて多くのファンを得てきた。しかし、ニュー・アルバム『Mother Goose』ではその方向性をかなり大胆に変更し、より現実的な表現や肉体的な演奏を通じて、かつてないほど生々しいバンド・サウンドを提示している。言葉と歌の世界を司る成山と、バンドのサウンド面での頭脳の中心にいる山内憲介(ギター)は言う。

「sleepy.abというバンドのイメージがはっきりしていることは、逆に怖いことでもあったんですよ。〈眠るための音楽〉というのも、それがどんどん〈癒し〉の方向に行っていたところがあって、ロック・バンドとしてジレンマみたいなものがあったんです。癒しは癒しでいいんですけど、ロック度とか、外へ向けての開き具合とか、そういうものが足りないんじゃないか?という感覚になってきたんですよね。なので、意識として変わりたいという部分はすごくありました」(成山)。

「今回は一曲一曲に音を作っていくうえでのテーマがあって、“君と背景”なら光の量を多めにしてsleepy.abにとってのポップ感を出すとか、“街”ならいままでのsleepy.abらしさをもっと深く掘り下げようとか、他の曲ではもっと実験的なところを追求してみようとか。テーマに基づいて楽しみながら作っていきました」(山内)。

前作『paratroop』から始まった、メンバー全員が作曲を手掛ける傾向は本作でいっそう強まり、そこにロック・バンドとしてのアイデンティティーの再確認という動機が加わって、曲調の多彩さと世界観の広さは過去のすべてのアルバムを凌駕している。山内による“マザーグース”では美しいメロディーの背景で歪んだエレクトリック・ギターがうなりを上げ、津波秀樹(ドラムス)作の“Maggot Brain”ではファンク好きな彼の嗜好を前面に打ち出した強烈なリニア・ドラミングが聴け、ベースの田中秀幸が原型を持ち込んだという“トラベラー”はグルーヴィーなベースがリードする人力テクノを思わせるアプローチで、聴きながら自然と身体が揺れる。

「結成から12年経ちますけど、やってこなかったことがいっぱいあるなということに改めて気付いたし、それぞれの世界観のなかでお互い何をやればいいのか、バンドというものについて考えられたレコーディングだったと思います。“マザーグース”みたいにギターがバン!と前に出る曲はやってこなかったんで、すごい斬新だったんですよね。これは新しい!……って、考えてみたら普通なんですけど(笑)。バラードの“かくれんぼ”の後に“Maggot Brain”みたいな曲が出てくると、何でだろう?って思う人もいると思うんですけど、でもそれがsleepy.abなんだよなって言うしかないんですよね。〈こんなのもありなんだ〉って、やっててすごく気持ち良かったので」(成山)。

 

開いて、閉じて

もちろん“街”“かくれんぼ”“way home”“夢織り唄”のような、従来のsleepy.abの王道とも言えるノスタルジックな旋律と心安らぐ温かいサウンドを持つ楽曲も、しっかりとアルバムの要所を締めている。そういった曲で特に耳に残り、彼ららしさの核心にあるドリーミーな浮遊感を演出しているのが、山内の演奏する多種多様な楽器の効果音だ。〈これはいったい何の音だろう?〉と思ってクレジットを見ると、カリンバ、オタマトーン、アンデス、マトリョミンなど、聞き慣れない名前のものも含めて使用楽器がズラリと並んでいる。

「ソフト音源じゃなく、できたら生で録りたいので、好きな音の出る楽器をいろいろ集めてるんですよ。音選びの基準としては、生感があって、いい意味でヘタクソに聴こえたり、グニャッとしたり、〈それ間違ってるんじゃない?〉っていうぐらいのものがすごい大事で、そこがおもしろいなと思うので。これを言ったら偉そうな感じに聞こえるかもしれないですけど、忌野清志郎さんのCDを聴いていると、〈これって音程はどうなってるんだろう?〉とか思う時があるのに、そんなこと関係なくいい曲ですよね? そういう次元じゃないんですよね。綺麗に歌ってる人より絶対生々しいし、こういうのを楽器でできないかな?とか、僕の発想はそういうところだったりします」(山内)。

アルバム・タイトルの『Mother Goose』は、イギリスの伝統的なおとぎ話/童謡などのことで、ほのぼのとした可愛らしい世界観を持ちながら非常にシュールで、時にダークな表現も含まれる独特なもの。もっとも影響を受けた音楽のひとつに、子供の頃に「NHK みんなのうた」で聴いた童謡を挙げる成山の嗜好とも合致して、大人向けの現代の寓話集とでも言うべきこのアルバムにぴたりとハマっている。ファストフード的な利便性と即効性ばかりを求めるような現代のポップ・ミュージックが忘れかけている豊かな感情の機微が、ここでは確かに息づいている。

「いちばん初めに、生活と隣り合わせの音楽というところに行きたいなという感覚はあったんですよ。それで最初のシングル“君と背景”とカップリングの“街”では日常を描こうとしたんですけど、同じテーマでも違う出口になったんですね。“君と背景”は〈動き出そう、変わろう〉という感覚で、“街”は〈変わらなくていいよ、大丈夫そのままで〉と言っていて、どっちもあるんだなと思って。最初からそれが結論だったというか、その2曲のバランスがアルバムにも通じてると思います。やっぱり〈開いて、閉じて〉というのが僕の生き様というか……〈生き様〉って自分で言っておいて似合わなすぎてびっくりしましたけど(笑)。そういう気持ちが、すごくリアルにこのアルバムのなかにあるなと思いますね」(成山)。

開いて、閉じて、ゆっくりと呼吸するように振り幅を広げ、sleepy.abの世界はこれからさらに大きくなっていくだろう。『Mother Goose』は、その第一歩となる記念碑的な傑作だ。

 

▼『Mother Goose』の先行シングルを紹介。

左から、“君と背景”“かくれんぼ”(共にポニーキャニオン)

 

▼関連盤を紹介。

sleepy.abが参加した福原美穂の2010年作『Music is My Life』(ソニー)

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2011年03月24日 14:37

更新: 2011年03月24日 14:37

ソース: bounce 329号 (2011年2月25日発行)

インタヴュー・文/宮本英夫