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インタビュー

坂本慎太郎 『幻とのつきあい方』



坂本慎太郎_A

 

その男が作ったのは普通のポップスだった。歌があってメロディーがあって演奏がある、という定型のスタイルのうえに成立したポップス。それがいま、これほどまでに突破力があるとはいったい誰が想像したことだろう。

「単純にいま自分が聴きたいと思うポップスを作っただけって感じです」——その男、坂本慎太郎。人気絶頂の最中、昨年3月にゆらゆら帝国の活動に終止符を打ち、その後長らく沈黙を守ってきた彼が、ついにふたたび姿を現した。自身のレーベル、zeloneからのリリースとなる初のソロ・アルバム『幻とのつきあい方』の到着である。しかしここにはギターを激しく掻き鳴らしてステージに立っていた頃の坂本はいない。そこにまず驚かされる人も多いだろう。

「確かにロックっぽさはまったくないですね。でも、それはバンド時代の反動ではないんです。そもそもやりたいことができなくなったから解散したんじゃなくて、自分自身が何もできなくなってしまったというか……曲を作ってもおもしろいものができなくなったからなんです。ただ、どこか場末のバーとかでフラッと演奏するような曲をやってみたいという思いはありました」。

あまりに高い評価を得ると共に、常に先端の感覚が求められたゆらゆら帝国。そんな状況に自身は空しさを感じていたという。「そもそも長く(ゆらゆら帝国を)やりすぎた(笑)」と自嘲する彼は解散発表後、しばし何をするわけでもなくぼんやりと時間を過ごした。そこでふっと引き寄せられたのが〈普通のポップス〉だった。

「閉店するレコード店に行って段ボール3箱分も中古のアナログ盤を一斉に買ってきたんです。1枚10円くらいのアルバム。ジャパンの初期とか中学の時に聴いてたアース・ウィンド&ファイアとか。アルバムのなかでも当時はいまいち印象になかった曲が、いま聴くと〈こんなに良かったっけ?〉みたいな発見がいろいろありました」。

もちろん〈普通のポップス〉と言っても、実際は〈普通〉ではない。ゆらゆら帝国の作品を手掛けていた石原洋は関わっていないものの(録音、ミックス、マスタリングは引き続き中村宗一郎)、サウンド・プロダクションに対するこだわりは最初からかなり明確にあったようで、あくまで音の質感を起点にして制作したのだという。

「ポップスと言っても曲調とか新しいリズムから作るんじゃなくて。例えばドラムはシンバルも入ってなくてサスティン(音の伸び)も入っていない。バスドラとスネアとハットのタイミングがドットのようになっていて、そこにコンガが入って、ミュートされたベースとヴォーカルが対になって入ってくるという、それだけで成立しているポップスというのをやりたかった。それも誰かの手があまり入らないような、よりパーソナルなもの、ライヴ感がない密室的なものにしたかったんです。だから、ドラムとかパーカッション、コーラスを除いて演奏はほとんど僕がやりました」。

ソングライターとして比類なきセンスの持ち主で、もともとフレンチ・ポップや歌謡曲、ディスコ・サウンドも好きな人である。だが、今回はそうした音楽嗜好から曲を作ったわけではないという。確かにアルバムの曲はどれもメロディアスで人懐っこい。だが、核にあるのはポツンと一人佇む坂本慎太郎という男の本音。そこから湧き出てくる情念だ。それを、あくまで普通の体裁のポップスに落とし込んだ坂本慎太郎は、何と粋なミュージシャンなのだろう。

「そう、根っこにあるのは一人の人間の情念の塊なんですよ。だけど出来たものはすごいライト。そういう図式のポップスですね。アルバム・タイトルの〈幻〉っていうのは、現実社会のことなんだけど、そこと折り合いをつけながらやっていくことを歌詞では書いています。そういう歌詞も含めて……こういうポップスっていま、ないですよね」。

 

PROFILE/坂本慎太郎


67年生まれ、大阪出身のシンガー・ソングライター。89年よりゆらゆら帝国のヴォーカル/ギターとして活動。マイペースながら多くの作品を残し、高い評価を得る。2010年3月31日に解散を発表。その後バンドのアーカイヴDVDを2作品リリースしたものの、しばらくは表立った活動から遠ざかっていた。2011年に入り、salyu×salyuのアルバム『s(o)un(d)beams』で3曲の作詞を手掛ける。そして自身のレーベル=zeloneを立ち上げ、10月に初のソロ作品となる7インチ・シングル“幽霊の気分で(IN A PHANTOM MOOD)”を店舗限定で発表。このたびファースト・ソロ・アルバム『幻とのつきあい方』(zelone)をリリースしたばかり。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2011年11月18日 15:30

更新: 2011年11月18日 15:30

ソース: bounce 338号(2011年11月25日発行号)

インタヴュー・文/岡村詩野