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インタビュー

前野健太 『トーキョードリフター』



前野健太_A

雨のなか、ギターを背負い、バイクにまたがって走る一人の男。まだ震災の記憶が新しい今年5月、シンガー・ソングライターの前野健太はドキュメンタリー映画「トーキョードリフター」の撮影で、東京を一晩中バイクで漂流しながら暗い街角で歌った。そして、この映画をきっかけに生まれたのが、同タイトルのミニ・アルバム『トーキョードリフター』だ。と言っても、ただのサントラとは違って、ここには前野のミュージシャンとしての強い主張が込められている。

「〈暗い東京の夜で遊びませんか?〉って松江(哲明)監督に誘われたんですよ。僕が歌って映画になるんだなっていうのはわかったんですけど、映画は監督のものなんで、どうしても向こうの磁場に引っ張り込まれてしまう。でも僕は〈ただのドキュメンタリーの素材じゃないぞ〉っていう思いがあるので、音楽という場で自由に遊んでやろうと思ったんです」。

ソロや前野健太とDAVID BOWIEたちといったバンドでの活動、その他さまざまなアーティストとの共演で注目を集めてきた前野だが、松江監督の作品に出演するのは「ライヴテープ」に続いて2度目。今回はその主題歌“トーキョードリフター”の歌詞を松江監督に依頼して、初めて他人の言葉で歌った。

「監督のドキュメンタリーは主語で語っていく作り方をしているから、監督もまた〈歌い手〉なんですよね。だからここでも松江さんの声も聴きたかったんです。でも自分の言葉じゃないから、歌を入れる時に気持ちが入って行かなくて悩んでしまって。これは松江さんの歌を愛さなきゃいけないと思って、その歌に思い切り踏み込むことでやっと歌えることができたんです。それは新しい経験でしたね」。

今回、この主題歌は前野が一人多重録音した映画ヴァージョンに加えて、アナログフィッシュと共演したバンド・サウンドの新ヴァージョンも収録。映画のイメージを覆す煌びやかなロックンロールに仕上がっている。また映画で歌われる“ファックミー”のセルフ・カヴァーでは石橋英子とデュエットするなど、これまでにないアプローチの曲が並んでいるのも印象的だ。

「一度、自分を壊したかったんです。自分一人で宅録するのがもうイヤというか。もっと自分を壊して、遊びたかった。だからアナログフィッシュとやった時もアレンジは彼らに任せたんです。僕は歌を乗せただけ。石橋さんとはこの曲をライヴでいっしょにやったことがあったんですが、石橋さんの歌は色気があるのにサラッとしてて不思議な感じなんですよね。で、僕も(オリジナルみたいに)がなって歌うんじゃなくて低い声で歌ってみた。だからヴォーカル面でも統一感のない作品になったのがおもしろいですね」。

そして、本作のために書き下ろした新曲“FG200のブルース”は、映画に対する前野なりの感想文であり、その〈共演者〉への胸いっぱいの愛と共に捧げられている。

「〈FG200〉っていうのは僕が使っているギターです。映画を観てても自分の姿ってピンとこないんですけど、ギターとかバイクが映ると〈カッコイイなあ〉って思うんですよ。ギターってこんな小さな楽器なのにいろんな音楽が生まれてくるし、僕が作った歌を全部知っている。新曲のことを考えながら部屋でジャーンと弾いた時。〈あ、こいつのブルースだ〉と思ったんです」。

これまで被写体として映画に関わってきた前野が、初めて自分のフィールドで映画を料理したと言える本作。映画に対する逆襲ですね、と訊くと「そこまで言うとヤバイけど」と笑いながら、「たぶん、これが僕の考えるドキュメンタリーなのかな。監督の思い通りにはいかないぞっていう」――なんて答えが返ってきた。映画のエンドロールが出ても、シンガーはいまもドリフト(漂流)し続けているのだ。



PROFILE/前野健太


79年、埼玉生まれのシンガー・ソングライター。2000年頃より作詞/作曲活動を始め、ソロでの弾き語りや2006年に結成したバンド・前野健太とDAVID BOWIEたちで精力的にライヴを行う。2007年に初作『ロマンスカー』を発表。2008年の映画「梅田優子の告白」では音楽監督を務める。2009年に2作目『さみしいだけ』をリリース。2010年に公開された松江哲明監督のドキュメンタリー映画「ライブテープ」で主演し、東京国際映画祭〈日本映画/ある視点部門〉で作品賞を受賞。2011年に3作目『ファックミー』を発表。松江監督とふたたびタッグを組んだ映画「トーキョードリフター」も話題となるなか、それに合わせたミニ・アルバム『トーキョードリフター』(felicity)をリリースしたばかり。

カテゴリ : インタビューファイル

ソース: bounce 339号(2011年12月25日発行号)

インタヴュー・文/村尾泰郎

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