クリープハイプ 『死ぬまで一生愛されてると思ってたよ』
ここまでのバンドの歴史を考えると、メジャー・デビューは奇跡だという気もする。2001年の結成からいまも残るのは尾崎世界観だけで、人の出入りが激しく、一時期は尾崎のソロ・ユニットとなったこともあった。しかし現在の編成が固まった2009年の終わりを境に状況は好転しはじめ、その独特な歌詞の世界と強烈なライヴ・パフォーマンスが評判を呼び、ついにメジャー・レーベルとの契約を果たして現在に至る。
「どの期間も無駄じゃなくて、いまでも歌っていられるのは幸せなことだと思います。歌詞は〈わかる人にだけわかればいい〉という感じに見えるんですけど、そういう歌詞を書きながらも、やっぱりわかってほしいという気持ちがすごくあったので。聴いてくれる人が増えてくると、欲も出てくるし、もっと先まで行きたいという気持ちになりますね」(尾崎世界観:以下同)。
その、〈やっぱりわかってほしい〉という切実な気持ちを込めた歌詞の世界が、クリープハイプの最大の武器だ。新作『死ぬまで一生愛されてると思ってたよ』のなかの、例えばピンサロ嬢が身の上を独白する“イノチミジカシコイセヨオトメ”。深夜のコンビニ店員の駄弁を写し取った“バイト バイト バイト”。彼女との別れという現実を受け入れられず、後悔のなかで堂々巡りを続ける男がつぶやく“愛の標識”。どれも日常にありふれた人々、しかもどちらかというと駄目な側に堕ちた人に寄せる圧倒的な共感を、尾崎は意外な比喩と巧みなストーリーテリングを駆使して描き出す。以前に好きな作家を問うた時には西村賢太、吉田修一、町田康などを挙げてくれたが、そうした読書家としての素養と天性の才能が、彼の言葉には確かにある。
「芸能人とか有名人とかよりも、何でもない人のほうが描き甲斐があるというか。みんな変なところがあるし、そういう人のほうがおもしろいですよね。そこには別に答えはなくて、幸せなのか不幸なのか、どっちを言ってるんだろうな?みたいな感じが自分の歌詞なので。それがすごくリアルだと思ってます。結果はともかくやっていくしかないし、とりあえず生きていくしかないという気持ちでバンドをやってるので、そういう曲になるんだと思います」。
音楽的には、ギターの弾き語りにバンド・アレンジを施していくオーソドックスなスタイルということもあり、歌の響きを大事にしたフォーク・ロック的なものか、ややラウドでエモーショナルなギター・ロックで、歌詞の濃厚さとは裏腹に聴き心地は爽快だ。メロディーも、尾崎はもともと70年代のフォーク・ソングをルーツとし、リアルタイムではBUMP OF CHICKENやGOING STEADY、Syrup16gなどを聴いていたということで、翳りを帯びた美しくキャッチーなものを得意としている。そのなかに4つ打ちを主体とした“オレンジ”のような、彼らにしては明るく新しいテイストの曲が入っているのが、バンドの成長の証だと尾崎は言う。
「前だったら〈上手く演奏できないからなしだな〉ってなってたと思うんですけど、そこで踏ん張れるようになった気がしますね。ただ、一枚作り終わってみて、もっとできると思いました。ずっとそうですけど、満足することはないですね、バンドをやっている以上は」。
独特の癖のあるハイトーン・ヴォイスのせいで、はじめは癇の強いタイプの音楽のように思うかもしれないが、聴き馴染むにつれて、そこにある嘘のない人間味と、底に秘められた日々の生活に対する慈しみにきっと気付くはずだ。歌詞をしっかりと受け止めたいと思えるロック・バンドの音楽に、久しぶりに出会ったような気がする。
「お客さんとは、そこまで行って届けるというよりは、取りに来てもらうようなやり取りがしたいですね。〈そこに置いといたからね〉みたいな感じで。そういうふうにして自分で受け取りに行ったものは忘れないと思うし、そういう歌を作りたいなと常に思ってます」。
PROFILE/クリープハイプ
2001年、尾崎世界観(ヴォーカル/ギター)を中心に結成されたロック・バンド。その後、幾度のメンバー・チェンジを経て2009年に小川幸慈(ギター)、長谷川カオナシ(ベース)、小泉拓(ドラムス)が加入し、現在の体制に。初音源は、2006年のミニ・アルバム『ねがいり』。2009年には2枚目のミニ・アルバム『When I was young, I'd listen to the radio』と初フル・アルバム『踊り場から愛を込めて』をリリース。2011年には3枚目のミニ・アルバム『待ちくたびれて朝がくる』を発表し、その頃から各地のフェスや話題のイヴェントへの出演も増加。知名度を上げるなか、このたびメジャー・デビュー・アルバム『死ぬまで一生愛されてると思ってたよ』(ビクター)をリリースしたばかり。
カテゴリ : インタビューファイル
掲載: 2012年10月02日 15:20
更新: 2012年10月02日 15:20
ソース: bounce 343号(2012年4月25日発行)
インタヴュー・文/宮本英夫