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インタビュー

井手綾香 『atelier』



井手綾香_A



この春に高校を卒業したばかり、18歳のシンガー・ソングライター、井手綾香。ローラースケートのショウダンサーだったアメリカ人の母親と、ビートルズのカヴァー・バンドをやっていた日本人の父親との間に生まれた彼女は、野生馬が放牧されている宮崎県の小さな町で、母親が好きなキャロル・キングやカーペンターズを聴きながら音楽と自然に囲まれて育った。そんな彼女のファースト・フル・アルバム『atelier』には、伸びやかな歌声とピアノを中心にして、いまの彼女のありのままが詰まっている。

「これまでミニ・アルバムを2枚作ったんですけど、13曲も入ったアルバムは初めてで。スリーヴに使う写真を一枚一枚選んだり色を考えたり。曲に限らずすべてにおいて自分の思いを込めて作ったので、愛情を込めて育てた子供みたいな作品ですね」。

アルバムには、新しいアレンジで再録音されたシングル曲や、アルバム用に書き下ろした新曲を収録。再録した曲には、オリジナルとは違った表情に生まれ変わったものもある。

「“愛をつなごう”とか結構変わりましたね。オリジナルの時はピアノと歌でやる、というコンセプトがあったから、そういうアレンジでやったんですけど、今回は管楽器がいっぱい入っていたり、ゴスペルチックなコーラス隊が加わったりして。実は私がこの曲を作った時のイメージは今回のヴァージョンに近かったんです。最初に思い描いていたアレンジで、もう一回歌えたのは嬉しかったですね」。

一方、新曲で印象に残るのが、ピアノとトロンボーンというシンプルな編成の“ひだり手”だ。トロンボーンを吹いているのは、グラミー賞にノミネートされたこともあるUSジャズ界の大御所、ビル・ワトラス。なんと彼は彼女の祖父なのだ。

「ずっと共演するのが夢だったんです。この曲が出来た時、おじいちゃんの柔らかいトロンボーンと合うだろうな、と思って曲を送ったら、すごく喜んでくれて。レコーディングはLAでやったんですけど、おじいちゃんの楽譜を見たらいろいろ書き込んであって、どういう音色を乗せるのか一生懸命考えてくれたことがわかって感激しました。ばっちりスーツでキメて演奏している姿は、おじいちゃんというより尊敬する先輩ミュージシャンでしたね」。

CMソングで有名になった“雲の向こう”や “ヒカリ”みたいに力強いナンバーとはちょっと違った雰囲気を持つ“ひだり手”。そこには、彼女に影響を与えた70年代のシンガー・ソングライターの歌に通じる寄り添うような親密さがある。「この曲や“震える瞳の下で”みたいに落ち着いたメロディーの曲がずっと好きだった」という彼女は、「そういう曲を入れられたのもアルバムだからこそ」と微笑んだ。そんな彼女に、いまの気持ちをいちばん反映している曲は? と訊ねると、こんな答えが返ってきた。

「“ヒカリ”かな。私って基本的にすごく自信がないタイプで、高校を卒業して新しい一歩を踏み出したいまも不安だらけ(笑)。でも、そういう時に“ヒカリ”みたいに明るい曲を書いて、自分がどれくらい前に進んでるのか一度振り返ってみるんです。この曲に〈光の種子を撒こう〉っていうフレーズがあるんですけど、小学生の時から歌手になりたかったのに、あの頃は人前で歌ったり、ピアノの練習さえイヤだったんですよね。でも、その時から比べるといまは大勢の人の前で歌ってるし、作詞・作曲もして自分の足で立っている。それって、小学生の時に撒いた〈種子〉が少し芽を出したからだと思っていて。だからいま、不安になることはないんだって、自分を奮い立たせるために書いた曲なんです。大丈夫、大丈夫って」。

その光の種子が、これからどんな花をつけるのか見守りたくなる。そんな初々しい魅力に溢れたアルバムだ。



PROFILE/井手綾香


93年、宮崎生まれのシンガー・ソングライター。4歳の頃からピアノを始め、両親の聴いていたビートルズやソウル・ミュージックに親しみながら少女時代を過ごす。中学生の頃に書いたオリジナル楽曲が関係者の耳に止まったことでデビューのきっかけを掴み、九州限定でのリリースを経て、2011年3月にミニ・アルバム『Portrait』を、同年8月にはセカンド・ミニ・アルバム『Portfolio』を発表。収録曲の“雲の向こう”“ヒカリ”といったナンバーがTVのCMソングに抜擢されたほか、ラジオ局のパワープレイなどでも話題を呼び、その歌声は幅広い層のリスナーからの注目を集めていく。このたび、ファースト・フル・アルバム『atelier』(ビクター)がリリースされたばかり。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2012年04月25日 00:00

更新: 2012年04月25日 00:00

ソース: bounce 343号(2012年4月25日発行)

インタヴュー・文/村尾泰郎