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インタビュー

クリスティーネ・シェーファー

初のオペラ・アリア集も、挑発的で確信犯的。

売り場でもひときわ目を惹く、白を基調としたカヴァーに何やら妖艶な女性の写真。幅広いレパートリーと豊富なステージ・キャリア、充実のディスコグラフィを誇るドイツのソプラノ、シェーファーにとって意外にも初めてのオペラ・アリア集となる『ARIAS(魂のアリア)』は、ライナーの(写真が映える)紙質にまで、自身でこだわったという究極のアルバムだ。もちろんパッケージだけでなく、その挑発的とも云えるユニークな収録曲の構成にも驚かされる。『ナクソス島のアリアドネ』からツェルビネッタではなく作曲家のアリアで幕を開け、バロックの『セメレ』、ベルカントな『夢遊病の女』、コロラトゥーラを駆使したフランスもの『ミニョン』、『カプリッチョ』の哲学的終景、ヴェルディ『オテロ』からデズデモーナの絶望と儚い祈り、そして神秘的な『アッシジの聖フランチェスコ』に至るという、このあり得ない流れに、しかも、魅了されてしまうのだから…。

「これらの作品には共通する要素がありますし、特にテキストに強い関連性があって物語から連鎖が生まれることを期待して選曲しました。私にはむしろ、ドイツ・オペラのファンとイタリア・オペラのファンが、それぞれ別々の世界にいる、というような考えは理解できません。ただ劇場では、ドイツ系の私にはフランスやイタリアものの役のオファーが少ないのは残念ながら事実。あの偉大なフィッシャー=ディースカウ先生ですら、素晴らしい『ファルスタッフ』歌いだったにもかかわらず、同様でしたから…。だからこそスタジオ録音では様式の垣根を取り払って、私が偏っていないことを強調したかったのです」

アリア間に絶妙なタイミングでオーケストラ曲が挟みこまれており、それぞれの世界がよりスムーズに繋がって流れていくよう計算されている点にも、彼女の強い美意識とセンスが表れている。

「個人的にはトマの非常にオペラ的な《レーモン、または王女の秘密》の序曲がお気に入りです。歌唱のない管弦楽曲を挿入することで聴き手の感情を一旦整理して、次の文脈へと導いたつもりだったのですが、特にオーストリアでは、私の意図がわからないという人も少なからずいました。偏見のない日本の皆さん(公演プログラムにもそれがよく表れています)ならきっと理解して、一緒にこの“旅”を楽しんで下さると信じています」

どのシーンでも、ただひたすら演技派女優の様に役を演じきるというアプローチとはどこか違う、役柄を冷静にみつめる彼女の視点のようなものを感じさせる歌唱がクールで、確信犯的だ。たとえ熱い感情を内封したヴェルディ・オペラのドラマティックなヒロインであっても、例外ではない。

「結局、冒頭の『ナクソス島~』の作曲家と最後の『アッシジ~』の天使の歌にあるように〈音楽の神聖さ〉に尽きると思うのですが。つまりは、演劇的な部分や役の解釈といった、舞台で歌う時に加わってしまうものから開放されて、書かれている言葉と音楽だけを純粋に浮かび上がらせたいと思ったのです。ソプラノ歌手である私が以前《冬の旅》を録音したのも同じような意図からでした。例えば指揮者のアーノンクールは、ピリオド楽器でワーグナーの楽劇を演奏してみたら面白いのではないかと言っていて…もちろんそれは極論ですが、歌い手の意識を変えるという意味では画期的な方法かもしれないと思いました。壮大なオーケストラの音に負けまいとして声を張り上げるワーグナーではなく、繊細な歌唱によって、新たに見えてくるものや再発見があるのでは、と。かつてカルロス・クライバーが重い声の持ち主ではないマーガレット・プライスを主役に起用して『トリスタンとイゾルテ』の録音を敢行したように、先入観や慣習から離れてみるのも時には大切だと思うのです」

そう云われてみれば、以前舞台で演じた『リゴレット』のジルダや『椿姫』のヴィオレッタの革新さも、彼女のそんなメッセージを体現したものだったのだろう。もしかしてシェーファーに、ヴェリズモ系の『道化師』や『カヴァレリア・ルスティカーナ』のヒロイン、『トスカ』や『蝶々夫人』のタイトルローを歌わせたら面白いかもしれない。今後の彼女の動向からますます目が離せなくなってきた。

「確かに、ドイツ・オペラと現代音楽の専門家みたいに見られるのはあまり嬉しくありません。先日もトマの『ハムレット』を歌って高評でしたし、もしかしたら『夢遊病の女』を劇場でやる可能性もあるかもしれません。スタジオ録音でも、引き続きあらゆる可能性にチャレンジして行きたいと考えています。もっとも本作も4年間温めてやっと実現した企画ですので、そんなに簡単にはいかないとは思いますが…。どうかご期待下さい!」

掲載: 2012年09月18日 13:27

ソース: intoxicate vol.99(2012年8月20日発行号)

取材・文 東端哲也