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インタビュー

高木正勝


コンピレーションが、いつしか
「初めてのアルバム」に──

高木正勝の新作『おむすひ』は、映画『たまたま』やNHKのドキュメンタリー番組『仁淀川』のサウンドトラック、CM提供曲など、これまで配信限定でリリースされていた音源を集めた2枚組のコンピレーション。ブックレットは絵本作家さとうみかをの書き下ろしによる絵本仕様ということもさることながら、アルバム全体の構成がまずユニークだ。というのも、前述の音源に加えて、未発売のCM曲やキャンペーン用の音源、さらには2001年から02年までの間に世界各地でフィールド・レコーディングされた高木正勝のオリジナル曲《Light Song》が計9ヴァージョン含まれているからである。その《Light Song》は、それぞれのCDの最初と最後を飾り、そしてインタールード的な役割も果たしている。このように『おむすひ』にとって《Light Song》は、重要なモチーフだ。

「まず最初にコンピレーションを作ろうという話があって、選曲と曲の並びを考えましたが、サントラの2枚、CM曲集の2枚の音源をバラしてしまうと、曲の意味合いが変わってしまう。それで固まりはそのまま収録しようと決めたのですが、合間を繋ぐ曲が必要だなと思いました。当初は新曲を作ろうと思ったんですけど、絵本が出来上がってくるにつれて考えが変わって、これまで世界各地で録音してきた《Light Song》で繋ぐというアイデアを思いつきました」

《Light Song》は、シェラ(グアテマラ)、ハバナ(キューバ)、イスタンブール(トルコ)、ケルン(ドイツ)、アトランタ(米国)、アンティグア島、宮古島などでフィールド・レコーディングされている。これらは、映像作家でもある高木正勝が自らヴィデオ・カメラで録音した音源ばかりだ。

「見知らぬ土地に行くと、どうしても音楽が聞こえてくる場所に足が向かいます。そして、そこにいる人たちに《Light Song》を歌ってもらったり、演奏してもらいました。そうして集めた音たちです。大抵の場合、メロディをその場で口伝えで教えて、歌ったり演奏してもらいました。彼らは僕からメロディを教わっただけで、原曲がどんな雰囲気なのか知らない。だから原曲より明るくなったり、暗い感じになったり、あるいは宮古島の人たちの場合だと、リズムが琉球のものになったりして、とても面白かった。当初はこのような録音が100個くらい集まったら、何かひとつの形にしようと考えていたんですけど、いろいろと作品を発表していくうちに、良くも悪くもプロの音楽家としての自意識が僕の中に芽生えたのか、止めてしまいました」

『おむすひ』を締め括るのが、1999年録音の《Light Song》。高木正勝にとって《Light Song》は初めて曲を作ったと実感できた曲であり、この99年録音の音源は生まれて初めて作ったデモ音源だという。

「《Light Song》は、19歳の時に作った曲です。それまでも何曲か曲を作ってはいましたけど、この曲が出てきた時は明らかに違う感触がありました。曲を作ることが自己表現だと考えるやり方、作曲することによって自分を表現したいというのもいいのですが、僕の場合は、たとえば『仁淀川』のサントラを作った時もそうなんですけど、自分が仁淀川になりきったと思えた時に初めて曲が出て来るんですね。自分のことはさておき、イタコさんのように誰かに自分の中に入ってきてもらって、そして曲ができるんです。僕は身体を動かすだけ。そんな感覚で作曲をしています。《Light Song》を作った時は、自分の中の、何か忘れていたものが出てきて、歌い出したという感覚がありました。アルバムの最後に作曲した瞬間の録音を収録しましたが、曲が出てくる瞬間が僕にとっての最高の時間なんです」

《Light Song》の素朴なメロディは、それぞれの聴き手の記憶をくすぐる。いわば「記憶喚起力」に富んでおり、このメロディが聞こえてくるたびに、温かい感情がこみ上げてくるに違いない。このような『おむすひ』は、高木正勝の「記憶」の集積、つまり個人史的な意味合いを持つ作品でもある。

「東日本大震災が起こった時、テレビを通して色々なモノが流されていく光景を見ました。自分の身に置き換えた時に、ほとんどのモノは、お金があれば買い戻すことができるけど、たとえば、自分の子供の頃の写真は二度と手に入れることできないのだなと、価値観がひっくり返りました。自分にとっていちばん残したいのは、モノではなく、ある時間の“記録”だ、と強く思いました。このことと、写真帖のアルバム(album)という意味でも、自分にとって『おむすひ』は初めてのアルバム。そのように思っています」

アルバムタイトルの「おむすひ」は、丁寧表現の接頭語「お」+「むすひ」。「むすひ」は神道における重要な観念の一つであり、“苔生す”という表現と同じく、自然に発生するといった意味を持つ。だからこそ『おむすひ』は、高木正勝自身にとって初めてのアルバムなのだ。


カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2013年02月20日 16:09

ソース: intoxicate vol.102(2013年2月20日発行号)

取材・文 渡辺亨