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インタビュー

Serph 『el esperanka』



想像に身を委ねることで日常とパラレルに現れる幻想世界──電子音楽界の寵児が描く〈希望の物語〉とは?



Serph_A



軽やかなシャッフル・ビート、天翔けるストリングス、色とりどりの燐光を放つ生音/電子音の欠片たち──室内楽的な趣も備えた至福のドリーム・ポップによって、聴き手それぞれの理想郷を立ち上げる音楽家・Serph。素性を明かさぬままリリースを重ねてきた諸作が軒並みロング・セールスを記録し、近年は多くの外部仕事でもその名を見かけるようになった彼が、4枚目のフル・アルバム『el esperanka』を完成させた。その発端となった楽曲は“session”。時空も文明も超越した幻想世界を翼の生えたアヌビスのような生命体が駆け抜けるというMVからも伝わるが、彼が音楽を通じて描くスピリチュアルなメルヘン・ワールドは、本作においてさらにイマジナティヴな広がりを見せている。

「最初に出来たのは“session”なんですが、前半のすごく勢いのある曲としてまずそれがあって。1曲目から最後の曲に至るまでで、四季とか人生──誕生から死まで、いろいろな経験を経て人が変わっていく過程をアルバム一枚に込めたいというのがあるんです。だから、前半の曲にある素直なキラキラ感が後半では薄れて、だんだん陰影が出てくる。自分の生活圏で見ている景色も反映されてますね。東京の景色。それは目に見える街並みの変化ではなくて、街にいる人たちの表情や声から感じた気持ちとか、無意識に求めているもの、夢見ている情景……そういうものを音にしている、というのはありますね」。

天上から降り注ぐようなNozomi(N-qia)の声がファンタスティックな音像を引き立てる“twiste”、リコーダーをはじめとした多様な楽器がマーチ調のリズムに乗せてひとつのフレーズをリレーする“parade”など、冒頭から中盤まではSerphの真骨頂とも言える明るく華やかなムードの電子オーケストラル・ポップが並ぶ。そして後半に入ると「『Heartstrings』(2011年の3作目)までで音の多さやハーモニーの複雑さはある程度身に付いたというところがあるので、もっと少ない音数で作ってみたかった」との言葉通り、ミニマルな編成の現代音楽的なアプローチやプログレッシヴな曲展開など、エクスペリメンタルな側面が浮上してくる。また、「氷の音とかワイングラスの音、風呂桶だったりドアの開け閉めだったり、あとは掃除機やTVのスイッチの音」をサンプリングしたという不思議な音色の歪なビートが多く採用されている点も特徴だろう。

「ダンス・ミュージックで発生する新しいビート・パターンに敏感でいたいっていうのはあって。ダンスに特化したパターンは滑らかに洗練されているものが多いですけど、僕はいろいろな要素があるなかのひとつの断片として採り入れたい、というのがありますね」。

ちなみに彼が敬愛するのは、近年はLA勢とも交流の深いディムライトだったり、取材の際に〈最近のオススメ〉として挙がった盤はドビーの最新作『We Will Not Harm You』であったりするのだが、どれだけ先鋭的なビートを走らせようとも、エレガントな響きは失われない点がSerphの持つ天賦の才なのだろう。そんな彼に普段の制作について訊ねたところ、謎の存在らしい(?)ユーモラスな回答が返ってきた。

「制作している最中は無我夢中で、イタコ状態というか……正体不明のエネルギーが、進化の促進剤としての音楽を僕に作らせているみたいな感じがあるんですね。だから僕は、このディスクを聴いた人に進化してほしいんです。自分は道具みたいなもので、意識を解放した途端にお客さんがやってきて、仕事を始めるみたいな感じで。『Heartstrings』で評価をいただいたとき、初めて〈あれ? 自分はこの3年間でこういうことしてたんだ〉って気付いたというか……だから、これはもう僕個人の話じゃないなと。お客さんが誰かはわからないんですけど。音楽的な精霊ですかね(笑)」。

そうしたエピソードも含め、空想や想像に身を委ねることで日々の生活とパラレルに創出される、幸福感に満ちたファンタジー世界。そこに今回Serphが与えたタイトル〈el esperanka〉は、〈希望〉を意味する。

「ファンタジーというのは、現実よりもっとマシな世界が投影されてるジャンルだと思うんです。だから、このアルバムは理想の未来図みたいなものであるのかもしれない。僕自身の生活の環境が変わったというのもあるんですけど、この星が、希望のある星になればいいなと思って。そして、それはSerphの音楽そのもののテーマでもあるんです」。



▼関連盤を紹介。

左から、Serphの2011年作『Heartstrings』、2011年のミニ・アルバム『Winter Alchemy』、ビートに特化したSerphの別名義・Reliqの2011年作『Minority Report』(すべてnoble)

 

▼Serphの近年の参加作品を一部紹介。

左から、YUKIの2012年のシングル“わたしの願い事”(エピック)、Ryoma Maedaの2012年作『FANTASTIC SUISIDE』(Virgin Babylon)、2012年のトリビュート盤『FINAL FANTASY TRIBUTE〜THANKS〜』(スクウェア・エニックス)

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2013年04月19日 12:45

更新: 2013年04月19日 12:45

ソース: bounce 353号(2013年3月25日発行)

インタヴュー・文/土田真弓

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