Marcel Powell
偉大な父バーデンから受け継いだ才能……だけでは終わらない逸材!
この4月。ブラジルからやってきた一人のギタリストが、1度だけのソロコンサートを行った。その名はマルセル・パウエル。姓を聞いてピンと来る人がいるだろう。そう、彼の父親はバーデン・パウエル。ブラジルのギター界における最高の奏者であり、かつ《ビリンバウ》《コンスラサゥン》といった名曲を生み出した作家でもある。バーデンは2000年にこの世を去ったが、父親の才能とDNAはそのまま息子たちに受け継がれているのではないか。しなやかな、それでいて強靱なバネのような勢いを感じさせるこの夜の演奏には、そんな継承を確信させ、さらに進化を感じさせる説得力のようなものがあった。
そんなマルセル。きっと幼い頃からギターを持たされていたのだろうと思いたくなるが、最初の楽器はヴァイオリンだという。「4歳の頃だったかな。父からギターのレッスンを受けるようになったのは9歳の頃から。父も力を入れてくれたし、僕の覚えも早かったので、3ヶ月ほどでステージに上がるまでになったんだ」。その速習ぶりにはやはり親子ならではの特別なモノがあったのだろう。ではギターに触れている以外は、普通の子供のようにサッカーに興じていたのかと思えば、それもちょっと違うという。「ボールを追いかけることには興味が無かったね。僕はカポエイラを習っていたんだ。あれには音楽があるからね」とちょっと違うセンスを感じさせる。それにあれだけの大ギタリストだ。さぞ交友関係も広かったに違いない。「僕たちの誕生日には必ずパーティーを開いてくれたんだ。そこには結構ミュージシャンがきていたね。シヴーカとかジョアン・ノゲイラとかね」。なんともうらやましい話だ。
さて、今回トリオで録音したサードアルバムが日本でもリリースされた。「世界中のあちこちでリリースが決まっていてね」という本作。レパートリーを見れば、ボサノヴァやMPBの名曲や、バーデンや尊敬するジョアン・ボスコの曲、《クライ・ミー・ア・リバー》のようなジャズナンバー等が並ぶ中にレニーニのナンバーが混じるのが面白い。さらに自身のオリジナル《ラメント・フルミネンセ》も収録されている。「この曲はフルミネンセ(リオデジャネイロ郊外の呼び名)で生まれた父さんに捧げた曲。タイトルはアルバムをプロデュースしてくれたヴィクトル・ビリオーニがつけてくれたんだ」。
コンサートの夜を思い返してみる。ブラジル・ギターの伝統を感じさせつつ、彼独自のセンスも感じるギター。私たちは、また一人素晴らしいアーチストと時代を共有できることを喜びたい。