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インタビュー

前野健太 『ハッピーランチ』



ソープランダーズとのガチンコ勝負によって、演者の気配をも銀盤に刻み込んだ新作。そして、彼が歌のなかで彷徨ってきた〈東京〉を見つめる視点にも変化が表れて……



前野健太_A



ソープランダーズへの挑戦

2013年1月に発表された『オレらは肉の歩く朝』では、震災以降の東京の不穏な空気を音盤に転写してみせた前野健太。同作をリリース後のツアーは、そのプロデューサーであるジム・オルーク、石橋英子、須藤俊明、山本達久から成るソープランダーズを率いて行われたが、そこで得た興奮や感興が前野の創作意欲を掻き立てたという。「この勢いでもう1枚作りたいと思った」という彼は、ツアーのファイナルの時点でふたたびジムにプロデュースを要請。信頼するソープランダーズの面々と短期集中のレコーディングを決行し、ニュー・アルバム『ハッピーランチ』を作り上げた。

「ジムさんからは、最近僕が好きなフレッド・ニールの『Sessions』みたいに、〈短期間のスタジオ・セッションで作り終わるアルバムにしよう〉と言われました。小淵沢の合宿所でレコーディングしたんですけど、ヴォーカルはバンド演奏といっしょに録っているし、オーヴァーダブもあまりない。ほとんど現場で作業が完結しているんです。ボブ・ディランが〈5日間で作れないレコードはレコードじゃない〉みたいなことを言っていて、その言葉の影響もありましたね。でも、それって本当に歌や演奏が上手くないとできないことだから、音楽家としての自分を高めていくことにも繋がりました。ソープランダーズは演奏面では僕なんかより全然上手い人たちなので、レコーディングは僕が彼らに挑戦していく作業で。いわば勝負でしたね」。

ソープランダーズとの化学反応は、サウンド面に如実に表れている。特に、太宰治meetsエレポップとでも評したくなる“悩み、不安、最高!!”や、ラップとフォークのあわいを往く“ジャングルのともだち”など、ダウナーな曲の粘り気と湿り気が印象的だ。また、前野は曲作りのうえでバンド・メンバーのフェイヴァリットを参考にしたこともあるそうで、“花と遊ぶ”は、ジムと石橋が好きなジョニ・ミッチェルやミック・ソフトリーを意識したという。

一方、歌詞にも変化が見られる。これまで〈東京の街を歌にする男〉というイメージの強かった前野だが、新作では直接的に東京を主題にしたような曲やフレーズは見当たらない。

「これまで東京について歌い続けてきましたけど、もっと東京をよく見るために中に入ったらどうなるんだろうと思って、練馬から新宿に引っ越したんです。そしたら、〈東京〉っていう言葉が歌から消えてしまった。いま、僕にとっての東京はもう新宿なんですよね。あと、震災や原発事故で東京にいることが絶望の延長線上にあるように思えてきた。〈東京〉っていう言葉に色気を感じなくなってしまったんです。その感じは、敏感な人ならもう気付いていると思う。ただ、東京が悪い方向に変わっていく感じも含めて、今後も歌の舞台にしたいとは思ってますね」。

『ハッピーランチ』というタイトルも、いま前野が住んでいる場所から見えた光景がヒントになっているそうだ。

「いま住んでいるのが新宿のオフィス街なんですけど、昼頃に起きだして街に出ると、ちょうどOLやサラリーマンが楽しそうにランチしていて。それを見るとちょっと幸せな気分になれるんです。でも、歌詞にも〈つかの間のハッピーランチ〉ってあるように、それはあくまでもランチタイムだけのもので、帰りはみんな満員電車に乗って帰るわけだし、極端なことを言えば、なかには自殺しちゃう人もいると思うんですよ。だから、〈ハッピー〉と言えば言うほどそこに潜んでいる闇も見えてくる。絶望と表裏一体の〈ハッピー〉だと思うんです」。



本当の流行歌を作りたい

演奏や歌詞の変化はもちろんだが、本作で特筆すべきはジム・オルークによる録音とミックス。アナログな質感を重視しつつ、奥行きと立体感を強調したサウンド・メイキングは、ナチュラルな温もりに満ちている。無理に音圧を詰め込むことなく、意図的に余白を残した作りになっているのもジムらしい。

「ジムさんのミックスって本当に独特ですよね。レンジに余裕があるから大きい音で聴くとものすごい臨場感が出るし、逆に小さい音で聴いても気持ちいい。僕自身は音圧が高い音楽も好きなんですけど、ちょっと耳が慣れてきちゃうというか、疲れてきちゃうところもあって。その意味では、今回のアルバムって飽きずに繰り返し聴けるんですよ。それは、ジムさんの音作りが人間的だからなんですよね。演奏した人のテンションがそのまま記録されているというか。無理に音圧を稼ごうとすると、演奏のテンションを無理やり上げることになっちゃうけど、彼はそれをしない。だから、演奏している人がすぐそこにいるように鳴っているんですよね」。

確かに、本作にはソープランダーズの面々の体温や息遣いが伝わってくるような親密さがある。かつて山本精一は、〈歌もの〉と括られる音楽の特徴について、〈演奏者の気配が感じられること〉を挙げていたが、本作は〈歌もの〉ならぬ〈気配もの〉といったところだろうか。

ところで、以前は「紅白歌合戦に出るのが目標」と言っていた前野だが、歌謡曲的な色気を備えた1曲目の“ねえ、タクシー”などを聴いていると、その発言も納得がいく。東京のど真ん中から大衆の無意識を映し出す『ハッピーランチ』は、前野の音楽が新しい流行歌(はやりうた)に成り得る可能性を示唆している。

「昔は流行歌ってあったと思うんですよ。TVもラジオもない時代に、演歌歌手が街頭で歌うと翌週には遠くの地方でも流行る、みたいな。それが、レコードが出来たことによって、流行歌が〈流行らせ歌〉になった。いまは、その流行らせ歌がずっとある状態だと思うんですけど、僕は本当の流行歌を作りたいんですよね。ただ、僕は戦略的なことができない人間だから、街やそこにいる人たちの表情を見て、彼らの感情を想像しながら曲を作るしかない。そのやり方で、もう一度流行歌を復活させたいですね」。



▼文中に登場したアーティストの作品。
左から、ボブ・ディランの65年作『Highway 61 Revisited』、ミック・ソフトリーの65年作『Songs For Swingin' Survivors』(共にColumbia)

 

▼前野健太の近作。
左から、2010年のサントラ『ライブテープ』、2011年作『ファックミー』(共にROMANCE)、2011年作『トーキョードリフター』、2013年作『オレらは肉の歩く朝』(共にfelicity)

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2013年12月18日 17:59

更新: 2013年12月18日 17:59

ソース: bounce 362号(2013年12月25日発行)

インタヴュー・文/土佐有明