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インタビュー

ACTRESS 『Ghettoville』



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〈音楽よ、安らかに眠れ〉——これがカニエ・ウェストあたりのお言葉なら笑って楽しんでおけばいいようにも思えるが、そんなフレックスや賑やかしが似合わないアクトレスの声明だけに意味深かつ刺激的ではある。そうでなくても彼の緻密なクリエイションは、手垢の付いた言葉にまみれてスリルにもエクスペリメントにも不感症になった耳を侵食してくれることだろう。新年早々に届けられるそんな刺激物が、彼のニュー・アルバム『Ghettoville』だ。

よく考えると2014年は、最初のEP『No Tricks』を発表してから10年という、アクトレスにとっての節目にあたる年だ(そういえば、かつて彼がイヴェントに関与していたハイパーダブも10周年を迎える)。少なくとも日本で彼の名を広く知らしめる契機になったのがオネスト・ジョンズ発の『Splazsh』と『R.I.P.』の2作品だったのは疑いないが、今回は最初のフル・アルバム『Hazyville』(2008年)以来、久々に自身の共宰するヴェルクディスクからのリリース。ゾンビーやディスラプトらで知られた信頼のブランドは昨年からニンジャ・チューン傘下に入り、より多くのリスナーに届きやすい状況も整った好機にある。アクトレス個人としても、DRCミュージックへの参画や、ロンドンのテート・モダンで開かれた草間彌生の個展への参加によって、また違う評価を獲得したのは記憶に新しいところだろう。

前作『R.I.P.』について、「これは全然いままでと違うアルバムだって自分でわかっているし、誇りに思っているけど、ここに停滞している気はなくて、すぐに次に行こうと思っている」とリリース時から表明していたアクトレスは、その〈次〉にあたる今回の『Ghettoville』を初作『Hazyville』と対になるものとして位置づけている。このタイミングでリマスター盤も同時リリースされる『Hazyville』は、「『No Tricks』を出して、数か月後にはフル・アルバムを完成させなければいけないというプレッシャーに押し潰されていたんだ」という彼が、結果的に4年がかりで完成させた悩みの結晶だった。デトロイト・テクノに深く傾倒していたからこそUKらしさの表出に苦心したというその質感は、確かに新作『Ghettoville』にも通じるものだ。

ダブステップとテクノの谷間に浮かぶ濃霧のようなアンビエンスは、本人もその中毒性を認めるところのざらりとした幻覚作用に溢れている。過去にプライム・ナンバーズとノンプラスにそれぞれシングルを残してきた彼の経歴を改めて思い起こすという人もいることだろう。もちろん、気持ち悪い(=良い)曖昧さに迷子になりそうな音響ミニマルと、彼の敬愛するセオ・パリッシュを思わせるスモーキーなディープ・ハウスも隔たりなく存在する。「いつも自分自身のためにアートを作っているような感覚なんだ」と語るアクトレスにとって、ざらついた音の欠片がモノトーンの路上に荒涼と舞う『Ghettoville』はパーソナルな気分の反映なのか。だとしたら。

そんな渾身の一作が彼自身の墓標になるのか、逆に他の音楽にエマージェンシーを突き付ける通告なのか、冒頭に触れた声明の意図するところはこの先あきらかになっていくのだろう。ただ、ひとまずはこの濃い霧に包まれた個々が何をどう感じるかにこそ意味があると思いたい。



PROFILE/アクトレス


UK出身のエレクトロニック・ミュージシャン。本名ダレンJ・カニンガム。2003年にヴェルクを設立し、翌年に初の音源集となるEP『No Tricks』をリリースする。レーベルからはルキッドやディスラプトらを送り出す傍ら、2008年にファースト・アルバム『Hazyville』を発表。2010年にオネスト・ジョンズからリリースした『Splazsh』の高評価によって一躍脚光を浴びる。並行してコード9やパンダ・ベアらのリミックスを手掛け、デーモン・アルバーンの率いるDRCミュージックにも参加。2012年のサード・アルバム『R.I.P』リリース後にヴェルクごとニンジャ・チューンと契約。2014年1月1日にニュー・アルバム『Ghettoville』(Werkdiscs/Ninja Tune/BEAT)を日本先行リリースする。

掲載: 2014年01月24日 19:55

更新: 2014年01月24日 19:55

ソース: bounce 362号(2013年12月25日発行)

構成・文/出嶌孝次