ロックに年の差はあるのだろうか? 都内某所の居酒屋で夜ごと繰り広げられる〈ロック世代間論争〉を実録してみたぞ!
僕は阿智本悟。東京・北区の製紙会社に入社してからもうすぐ2年目に突入する。月日が経つのは本当に早いな。とはいえ、いまの生活が必ずしも順調というわけではない。今日も課長に呼び出され、〈お前は協調性もなければ仕事もできない! おまけに服装もなってない! 何しに会社に来てるんだ!〉と怒鳴られてしまった。別に好き好んで協調性がないわけじゃないし、仕事だってできるようになりたいよ。やっぱり僕には向いてないのかな~(ガックリ)。はいはい、会社のことはもうどうだっていいや。やっぱり人生ロックでしょ! 今年はフランツ・フェルディナンドといい、レイザーライトといい、ヴューといい、UKバンドの新作がどれも最高だもんね!
阿智本「……UKロックを愛してやまない僕は何て最高なんだ! おかわり!!」
ボンゾ「自分で自分のことを絶賛してんじゃねえよ。テメエの偏差値は一桁か!?」
そんな感じで、僕は今日も場末のロック酒場〈居酒屋れいら〉に来ている。古臭くて埃っぽいロックばかりを聴いている白髪オールバックの口髭グラサンおやじ、ボンゾさんがここのマスターだ。何だかんだ言いながら1年間通い続けてしまった。まあ、僕からしてみれば寂しい老人の話相手になってやってるワケであって、友達ができない寂しさを紛らわしているわけではなく、つまりはその行動自体がロックと限りなく近いメッセージ性に彩られ……。
ボンゾ「ブツブツと意味不明な独り言を呟いてんじゃねえよ! うちの酒が気に入らねぇなら帰れ!」
阿智本「それよりいい加減触れるけど、さっきからさも〈イジッてくれ〉と言わんばかりに抱えているその箱は何?」
ボンゾさんがニンマリと笑う。
ボンゾ「気付いてんならもっと早く突っ込めってんだ、コノヤロウ。これは英国ロック永遠の良心、キンクスの限定ボックス『Picture Book』様よ! レーベルの垣根を越えて実現した、彼らの40年の歴史を総括する最強最高の……おっとと、キンクスといっても阿智本のお坊ちゃんはご存じないか、こりゃ失礼! ブハハハ!」
阿智本「何だよ、そのムカツク言い方は。少し僕を見くびりすぎじゃない? キンクス? 大ファンだよ! 何しろ彼らは最近のUKバンドの直接的なルーツとしても有名だからね!」
ボンゾ「そいつは頼もしいね。じゃあ訊くが、いちばん好きなアルバムは何だ?」
阿智本「そんなの『Single Collection』に決まってるじゃん。これ一枚で名曲が全部聴けちゃうんだからお得だよね~」
ボンゾ「〈だよね~〉じゃねぇよ! だいたいテメエは……(以下、30分以上の説教が続く)。とにかく聴け! こうなりゃ問答無用のキンクス・メドレーだ。ポチっとな!」
突然、大音量で“You Really Got Me”のギター・リフが鳴り響いた。何だかいつも以上に音量がデカイな。
阿智本「このリフは発明だよね! 僕の好きなバンドにも共通するカッコ良さだよ。ボンゾさん、次は“All Day And All Of The Night”を聴かせてよ」
ボンゾ「おほっ、お前からリクエストとは珍しいな! じゃあ今度は〈All Day~〉で、お次は“Victoria”だ。この壮大かつ軽妙なポップセンス、阿智本選手にもわかるかな?」
嬉々とした表情でCDを取り出し、トレイに乗せる。すぐにポップでエッジの立ったメロディーが店内を包んだ。
ボンゾ「次はちょっとセンチに“Waterloo Sunset”と洒落込むか。この切なくも温かなメロディー、名曲すぎる! テムズ河に夕陽が沈んでいく景色が目に浮かぶぜ! 阿智本よ、お前にも見えるか?」
阿智本「……見、見えるよ、ボンゾさん! ビッグベンがオレンジに染まっていく美しい景色が!」
ボンゾ「それこそ英国が誇る美しき哀愁! 間違っても荒川じゃねえ、テムズなんだ!」
阿智本「やっぱりキンクスは最高だね!」
ボンゾ「ガハハ! そうだそうだ、最高だ!」
その時、カウンターの隅から向けられる内山田ナントカさんの視線に気付いた。何だろう、このとてつもない恥ずかしさは。頬が燃えるように熱くなってきた。
阿智本「や、や、やめてよ、ボンゾさん! 僕はそもそも古臭いロックが嫌いなんだから(赤面)」
ボンゾ「ハッ(超赤面)! バ、バ、バッキャロー! クソガキにキンクスがわかってたまるか! 目障りだ。いますぐ出て行け!」
阿智本「(赤面)言われなくたって出て行くっての! じゃ、じゃあね!」
僕は〈居酒屋れいら〉を飛び出すと家路を急いだ。母さん……この展開は何?