続々とリイシューされる幻の名盤や秘宝CDの数々──それらが織り成す迷宮世界をご案内しよう!
〈居酒屋れいら〉の様子が何だか気持ち悪いので店を後にした。私は内山田百聞。売れない三文作家であるが、道楽のリイシューCD収集にばかり興じているゆえ、周りからは〈再発先生〉などと呼ばれている。
帰路を急ぐ私に、道端の暗闇から不意に声をかけてきた者があった。しかし、おお、その顔! それは生気というものがまったくない、血の気の通わぬ顔だった。そこには能面のようなマスクを被った男がいた。もっとも、急だったのでひどく驚いたが、彼は私のコレクター仲間、大神家のヤスキヨ君だった。極端な赤面症の彼は人前ではいつも精巧なゴムの仮面を装着して顔を隠しているのだ。彼の手先が器用なことを見込んで修理を頼んでいた懐中時計があったので、もしやそれが直ったのかと思ったのだが、ヤスキヨ君は無言のまま何枚かのCDを私に差し出した。
おお! 知る人ぞ知る70年代US屈指の大轟音ハード・ロック・バンド、トゥルース・アンド・ジャニーによる76年のライヴ盤『Erupts!』(Monster/Rockadrome/ディスクユニオン)ではないか! これほどテンションの高いライヴはなかなか聴けない。
続いてはチープなジャケが却って怖い、ヘヴィー・サイケ名作殿堂入り確実のCA・クィンテットが68年に発表した『Trip Thru Hell』(Candy Floss/Sundazed/Pヴァイン)。表題曲に渦巻く狂気は凄まじいの一言だ。
そしていままで正規リリースがなかったゆえ、サイケ好事家の間では伝説と化していたコールド・サンの音源が編集盤『Dark Shadows』(World In Sound)でついにCD化だって!?
さらにB級英国ハード・ロック界ではA級クラス(意味不明)の3人組、ハード・スタッフの72年作『Bulletproof』と、
スワンプかつハード・ロッキンな名バンドのタッキー・バザードが同じパープルから発表した73年作『Buzzard』(共にPurple/エアー・メイル)を持ってくるとはまた渋い。
流石はヤスキヨ君、サイケ&ハードな根暗趣味を貫いたセレクトである。
しかしCDを自慢するのはいいが、私の時計はいったいどうなったのであろう。それを問おうとすると、彼は妙にくぐもった陰気な笑い声を立てつつ、懐から時計を取り出した。
「ククク……俺はヤスキヨではないっ! 俺は従兄弟のシズマだよっ! 俺たちは時たま入れ替わって遊んでいたのさっ!」。
唖然としながら時計を見ると、何と渡した時よりもさらに激しく壊れてしまっているではないか! シズマ君は急にトーンダウンして言った。
「俺なりにがんばったが、ヤスキヨと違って不器用なもんで」。
翌朝、荒川の水面から足だけ出してもがくシズマ君の姿が発見されたということだが、犯人は不明である。